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共感と号泣がもたらす飛躍の可能性

人間の身体は驚くほど良くできているものだなあと、しみじみ思う本に出会いました。2008年、サンマーク出版より刊行された有田秀穂先生の『脳からストレスを消す技術』です。涙はストレス状態をリラックス状態へと切り替える力があると説くこの本、そこから自分が気付かされることがいろいろありましたので、今日は取り上げたいと思います。

大脳皮質は「前頭葉」「側頭葉」「頭頂葉」「後頭葉」の4つに分かれます。このうち前頭葉の最も前の方に位置する「前頭前野」が今日注目するところです。

前頭前野は3つの脳から構成され、特徴的な神経伝達物質と密接な関わりがあります。
「学習脳」はドーパミン神経、「仕事脳」はノルアドレナリン神経、「共感脳」はセロトニン神経によって、活性化されます。

引用文献:
有田秀穂(2008)『脳からストレスを消す技術』サンマーク出版, p. 75, 図2-3「前頭前野の三つの脳」より

この中で共感脳の神経伝達物質「セロトニン」はクールな覚醒をもたらします。セロトニンは内外からのストレス刺激に関わらず、常に一定量放出されることから、ドーパミン神経やノルアドレナリン神経の過興奮を抑えて、脳全体のバランスを整え、平常心をもたらす働きがあるのだとか。
共感脳の場所は額の真ん中あたり「内側前頭前野」にあります。ちょうど仏像の額についている白豪(びゃくごう)のあたりに位置しますが、まるで人への共感と慈悲に充ちた仏様を象徴するような場所とも言えますね。共感脳では共感の他にも、我慢や理性といった社会性も司っています。

さて、有田先生は感動的な映画を見た被験者の脳の血流量と涙の関係について、調査を行われました。そこで被験者が共感に至るプロセスを積み上げる間、前頭前野の血流に大きな変化は見られないものの、やがて共感脳に緩やかな血流増加が見られ、その血量に極端な上昇が10秒ほど続き、この間に人は流涙することが明らかになったのです。下記のグラフは号泣前後の共感脳における血流濃度を表したものです。

前掲書, p.158 図4-1「号泣前後の共感脳における血流濃度」より

このグラフからどのようなことが読み取れるのでしょうか?

感動の涙を流すとき、共感脳は激しく興奮します。その興奮が脳全体に伝わり、それまでの交感神経の緊張状態(=ストレス状態)から、副交感神経興奮状態へスイッチングされます。そして、このスイッチングの情報が脳幹の上唾液核(副交感神経の始点)へ伝わり、「涙」が出るのではないかと私は考えています。

引用文献:
有田秀穂(2008)『脳からストレスを消す技術』サンマーク出版, pp. 157-158

もちろん感情とはリンクしない涙もあります。例えば眼に異物が入った時に流れる「反射の涙」です。この流涙は角膜にある三叉神経から脳幹部の上唾液核を経て、顔面の副交感神経が刺激されて起こるもので、麻酔薬を投与するとこうした反射の涙は流れなくなるそうです。しかしながら麻酔薬が効いている間も情動の涙は流れることから、反射の涙の経路とは別に経路があり、 感動の涙の起点になるものが共感脳だと有田先生は考えられているそうです。

また有田先生は「緊張・不安」「抑圧」「怒り」「活力」「疲労」「混乱」を測る心理テストも行われ、映画を見て泣いてすっきりしたと感じた人に対して、泣きそうにはなったけれども、流涙には至らずもやもやした思いが残った人がいたことに着目されました。映画の場面から心揺さぶられる何かがあったけれども「泣きそう、でも、泣けない」人。号泣した人とはどのような違いが、脳内にあったのでしょう?

「泣きそう」になっただけでは、共感脳が充分に興奮しないため交感神経から副交感神経へのスイッチングが起きず、ストレスが解消されないまま終わってしまうことを意味しています。

共感脳の興奮と涙の量の関係を示すデータは他にもあります。
それは、泣いたとしても、涙をほんの一粒ぽろっとこぼす程度では、やはり「号泣トリガー期」に見られるような極端な血流の増加は見られないということです。号泣トリガーと命名していることからもわかるように、極端な血流増加が見られたときには、必ずその直後に「号泣」に至ります。

また、同じ情動の涙でも、悔し涙や悲しみの涙といった、自分の感情の高まりのまま流す涙より、感動の涙のように「共感」を必要とする涙の方が共感脳の血流は大きいと考えられます。


引用文献:前掲書, pp. 160-162

「号泣」と言うと、大声で激しく流涙することを想像しますが、そうばかりではないようです。

胸にこみ上げてくるものがあり、言葉がしゃべれなくなる。
顔の表情をコントロールできなくなる。
がまんしても肩を震わせてしまう。
こうした状態になれば、流れた涙の量は少なくても、脳内ではスイッチングが行われています。ですから、号泣というと、わんわん声を上げて泣くことと思われがちですが、そこまでいかなくても、止めようと思っても止まらない状態になれば、脳内のスイッチングは完了し、充分なストレス解消効果が得られます。


引用文献:前掲書, pp.169-170

涙によるスイッチの切り替えとその変化の仕組みを、有田先生は次のように述べられています。

では、情動の涙を流すことが、なぜ身体的ストレス経路を抑制することにつながるのでしょうか。それは、涙が副交感神経の興奮によって流れることと関係しています。

先ほどお話ししたように、私たちの身体は、起きている聞は交感神経が優位に働き、リラックスしたり眠ったりしている聞は副交感神経が優位に働きます。そして、この二つの自律神経のバランスが整ったとき、最も健康な状態が保たれるようになっているのです。

ところが、不規則な生活や過度のストレスで、私たちの身体はどうしても交感神経優位に傾きがちです。特に、ストレスが溜まっている状態というのは交感神経の緊張が高まっている状態なので、ストレスが溜まっていると感じたときは、意識的に副交感神経を刺激することが、健康を維持するためには必要なのです。

しかも、副交感神経を刺激することは、同時にその支配下にある免疫システムを活性化させることにもつながります。ですから涙を流すことは、単に@ストレスを軽減させるだけでなく、A自律神経のバランスを整え、さらにB免疫システムを活性化させるという三つの効果で「身体的ストレス経路」を抑制することになるのです。


引用文献:前掲書, pp.163-164

共感して涙を流すことは感情の放出のようにも見えますが、流涙自体が副交感神経興奮の結果によるため、身体の中で同じように副交感神経支配を受けている様々な働きが同時に活性化されている、と考えることができるわけですね。免疫システムの活性化とは、実にすごいことです!特殊な薬物投与を受けるわけではなく、どこか特別な病院に行かなければできないのでもなく、共感して流涙すること自体が、自分の免疫システムを活性化することにつながるのですから……。

そして年を重ねることも「共感して泣く」上では、随分役立つようです。

大人になればなるほど泣く機会は減る傾向にありますが、感動の涙に関していえば、いろいろな経験を積んだ大人の方が、いろいろなものに共感できるので、本当は涙を流しやすい脳の状態にあるといえるのです。


引用文献:前掲書, p.170

「共感する」とは自分以外の誰かに心を寄せることが始まりとなります。気分が滅入っている時、体調が悪い時……そんな時は自分のことで頭がいっぱい。「どうして自分ばっかり!」そんな風に、自分中心のモードに陥ってしまいがちです。でも自分の周りに目を向けて、心を寄せ、心動かされた時、人は孤独から解放されるのかもしれません。そして他を知ることにより、新たに自分自身に気付きを得られるのだと思います。そこに生まれるものは「共感する前の自分」とは一皮剥けた、新たな自分なのだと思うのです。そこに健康への流れを呼び寄せられるのだとしたら、こんなに素晴らしいことはないですね!

共感の涙は自分の身体の働きを変えるだけでなく、自分の心を切り替える大きな助けになります。それが自分の世界を広げるきっかけになると思うのです。
長原恵子