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あなたのお子さんが病気によって、何か身体能力を失ってしまったら、とても苦しい気持ちになるでしょう。そうしたご両親に今日ご紹介したいのは、鈴木秀子先生の本に書かれていた男性のお話です。ただ辛く悲しいだけのお話ではありませんので、そのままお読みいただければと思います。

Sさんは大学3年生の夏休みに、自分の運転していた車の事故で、右腕を失くしてしまいました。Sさんは右腕と共に、人生のすべてを失ったような気持ちになったのだそうです。大学も退学してしまいました。同年代の他の人たちの活躍が羨ましく、誰にも会いたくなかった時、お父様の勧めによって渡米されました。そこで左利き用の道具を知ることになります。Sさんは帰国後、自分も左利き用の道具を作るようになり、左手で絵を描くことにも挑戦します。しかし自分には才能がない、と惨めな気持ちになり、絶望感と共に過ごしていた時、ある朝、不思議な体験をしたのだそうです。Sさんの膝の上に誰かの手があり、男性の声がどこからか聞こえてきて、次のように言ったそうなのです。

「私がなくなったのはね、あなたを生かすためだったんですよ」
手はまたやさしくSさんの膝をパタパタと叩きました。
「あなたを生かすということは、あなたが誰か他の人を生かしてあげることなんだよ」
その右手の指先が膝に触れるたびに、あたたかなものが伝わってきました。

引用文献:
鈴木秀子 (1996)『在すがごとく死者は語る』クレスト社, p.48

長原注:原文はお名前が出されていますが、ここでは「Sさん」と表示させていただいています。

その不思議な体験の後から、失った腕がまるであるかのように痛みを感じる幻肢痛は消えたのだそうです。そして、Sさんは自分が頼まれて作った左利き用の工具が、お客さんの人生に大きな良い影響を与えたことを知ります。Sさんはその後、その仕事をこつこつと続け、次のような言葉を話されています。

「片腕で一人で細々と道具を作っている私は、けっしてお金持ちにも有名にもなれないけれど、道具を使う人がどこかで喜んでくれたり、自分のように行きづまっている人が違った人生を生きるきっかけになってくれらたら、本当に幸せです。
今思えば、私は、右腕をなくしたからこそ、本当に生きることができたのです。」


引用部件:
鈴木秀子 (1996)『在すがごとく死者は語る』クレスト社,
pp.52-53

とても立派な方だと思います。こうした境地に至るには、ずいぶん苦しい思いを積み重ねてきたことでしょう。ここで思い出した言葉があります。
ドイツ人のアルフレッド・デルプ神父の言葉です。
(どのような背景のある言葉なのか、詳細はこちらをお読みください。)

もし一人の人間によって、少しでも多くの愛と平和、光と真実が世にもたらされたなら、その一生には意味があったのである。


アルフレッド・デルプ神父先生のお言葉
上智大学名誉教授 アルフォンス・デーケン先生訳

事故によって腕を失くし、大学を辞め、夢や希望が断たれたように思ったとき、ずいぶん辛かったことでしょう。でも、Sさんはその後の人生において、たくさんの光を世にもたらしたのではないかと思います。

 
お子さんが病気によって何か可能性を失ったと思う時があっても、別の形によって、きっとお子さんに実りがもたらされてると思います。
長原恵子