病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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今あるものを見つめる

前回「違った形の実りと誰かの役に立つよろこび」では鈴木秀子先生の本から、事故のために右腕を失くした男性のお話についてご紹介いたしました。今日も同じ鈴木秀子先生の本からご紹介したいと思います。視点を変えることによって、逆境を乗り越えていった高校生のお話です。

高校生のYさんは、留学先のアメリカで、寮の3階から誤って転落してしまいました。脊髄を損傷し、下半身が不自由になってしまったのです。
その時、神父さんが何度もお見舞いに来てくれたそうです。
うつぶせに寝ているYさんと目を合わせて話すために、その神父さんは床に仰向けになって、Yさんに話をしてくれました。
その話は短いものですが、実に清々しいものでした。その部分をここに取り上げます。

「失われたものに目を留めるんじゃなくて、今、与えられているものだけをいつも見つめていなさい」ただそれだけ言うと、にこやかな表情で、「神様の祝福がありますように」と唱えて帰っていったそうです。


引用文献:
鈴木秀子 (1996)『在すがごとく死者は語る』クレスト社, p.54

神父さんの言葉がとても大きな助けとなり、励みとなり、Yさんはアメリカで大学に進学しました。卒業した後、日本に帰国し、軽くて機能的なアメリカの車椅子を輸入する会社をつくったのだそうです。

失われるものに目を奪われ、心を奪われてしまうのは、どなたも一緒だと思います。失われていくからこそ、余計にその思いが強くなっていくのだろうと思います。
医学がどんなに発達した世の中であっても、どうしても治療の力が及ばない病気もあります。お子さんがそのような病気であった時、ご両親の心の中は掻き乱されるような思いでいっぱいだと思います。
でもそのような時こそ「今あるもの」「今できること」に目を向けてほしいと思います。

さて、Yさんの強い精神力、それはYさんの元々のお人柄に依拠する部分も多いとは思いますが、必要な時に必要な言葉と出会ったからこそ、精神力の強さが引き出され、導かれたのだろうと思います。
ここで私は、次の言葉を思い出しました。
旧約聖書の「コーヘレトの言葉」(伝道の書とも呼ばれる)第3章の、一文から抜粋します。

時と永遠
日の下では、すべてに時期があり、
すべての出来事に時がある(略)
癒すに時がある。
崩すに時があり、建てるに時がある。(略)
泣くに時があり、笑うに時がある。
嘆くに時があり、〔喜び〕跳ねる時がある。(略)
探すに時があり、失うに時がある。(略)
戦いの時があり、やすらぎの時がある。


引用文献:
月本昭男・勝村弘也訳(1998)『旧約聖書XIII ルツ記 雅歌 コーヘレト書 哀歌 エステル記』岩波書店, pp.69-70

Yさんを見舞った神父さんはYさんにとって、とても重要な時期に「癒し」や「やすらぎ」をもたらしたのだと思います。だからこそ、神父さんの言葉によって、Yさんは失ったものへの「とらわれ」から心は解放され、今できることを再認識できる力を持てるようになったのだと思います。

 
お子さんが病気だと診断されてから、ご両親はこれまでたくさん苦しみ、泣いてきたかもしれません。でも「すべての出来事に時がある」のであれば、これから、安らぎを得る機会も必要だと思います。    
長原恵子