病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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目と耳が不自由であったヘレン・ケラー女史が、周りを取り囲む環境、すなわち実質的な世界と関わるための力を授けたのがアン・サリバン先生であるならば、観念や深い思想の世界への入り口へと導いたのは、ジョン・ヒッツ氏だと言うことができるでしょう。
ジョン・ヒッツ氏とは当時、耳の不自由な方のための情報を集め、配信し、雑誌を発行する機関「ヴォルタ局」の局長であった方です。ヘレンが13歳の頃、ヒッツ氏に出会いました。ちょうど思春期を向かえ、いろいろと抽象的な概念についても興味を示したり、思案にふけるようなお年頃ですから、まさしく「準備ができたときに師に会える」とでも言うべき出会いだったのだと思います。

ヒッツ氏はヘレンを一人の人として尊重し、ヘレンのたゆまぬ知的好奇心や探究心に理解を示し、支持的な交流を続けてくれました。ヒッツ氏と共に歩いた散歩では、自然のいきいきとした営みを心から感じることができました。また、ヒッツ氏はヘレンの必要としている本やその解説書や抜粋書を、点訳編纂してくれたのです。その中には、後にヘレンの信仰の核となるスウェーデンボルグが記した天界に関する著書も含まれていました。

指で綴りを書き、ヘレンの話す言葉を高齢のヒッツ氏が聞き取ることは、決してたやすいことではりませんが、大変な努力を上回る価値があったとヘレンは感じていました。
思春期の多感なヘレンが人生を進んでいく上で、頼りとすることのできた信仰との出会いのきっかけを与えてくれたからでしょう。

ヒッツ氏はアドバイスしたことをヘレンは次のように回想しています。

彼自身もかなり耳が遠くなっていたおかげで、感覚の世界に対する私の認識のゆがみもわかっていました。

もし私が、眼が見え耳が聞こえる人になったつもりで、彼らの事物の受けとめ方を推測しようと努めさえすれば、彼らの感覚と私の感覚はもっともっと近いものになるし、そうすれば外界に対する私の楽しみもすばらしく増大するはずだ、と彼は教えてくれました。

また、人々の生活を知るための鍵の見つけ方や、私自身の生活を理解をもって研究してもらうための機会の作り方も示してくれました。


引用文献:
へレン・ケラー著, 鳥田恵訳(1992)『へレン・ケラ一 光の中へ』めるくまーる, p.50

お子さんが病気であれば、健康な親がそのお子さんの大変さを理解しようとすることは、常であろうと思います。
しかしながら、ヒッツ氏の考えに当てはめてみると、いつもいつもお子さんは理解をされる側なのではなく、お子さんも理解をする側であることにより、お子さんの楽しみが増えるということになります。非常に斬新な発想だなぁと思いました。

特にお子さんが大きくなって、学校に通ったり、社会で働くようになったり、親元を離れて生活をするようになった時、必ずしも周囲はお子さんの良き理解者ばかりではありません。周囲の無理解に対して、辛い思いをしたり、傷つくこともあるかもしれません。そういった多くの無理解があったとしても「自分は自分の人生を、十分楽しく生きていくんだ!」という心構えがあれば、人生はより一層の広がりを見せることになるのだと思うのです。
それはお子さんが、自分の身体的な特徴を本当に自分の一部だと受け入れることによって、生まれるものかもしれません。決して諦めではなく。

 
お子さんが思考の迷路にはまった時に、高い位置から見渡して、お子さんにとって良いと思われる道のいくつかを、あなたの意見として伝えることは、きっとお子さんの力になっていくことでしょう。    
長原恵子