病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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病気と一緒に生きていくこと
両手に余るほどの可能性

ヘレン・ケラーは生きる拠り所となる信仰として、スウェーデンボルグの思想に基づく「新教会」を自分の意思で選択しました。
ヘレンは決して脅されたり、強要されて入信したわけではありません。
信仰がどう彼女の心を変えていったのか、ヘレンの自叙伝から見てみましょう。

ただ言えるのは、粗野な信条の汚れやしみからまぬがれた“神の聖言”が、とりもなおさず私の生活に歓びを与え、うまく作用してきたということです。
つまり、サリヴアン先生のお仕事に対する深い感謝の念と、奉仕に対する自分の責任感とがうまく結びつき、奮闘や孤独の日々と、歓喜にきわまった日々とがうまく結びつき、眼前に立ちはだかった厳しい真実と、気やすめやお世辞といったおいしい餌よりもっとその気にさせる高尚な夢とがうまく結びついたということです。
光、色、音楽がおのずと眼や耳から入ってくるのと同じように、こうした真理はおのずと私の心的機能に浸透してくるのです。
そして、充実した感覚的生活に対する私のせつない憧れを高みにまで引きあげ、私の内なる完全な存在を生き生きと自覚させてくれます。
毎日毎日が、両手に余るほどの可能性を引きつれて私のもとを訪れます。そしてその毎日の短い時間経過のうちにも、自分が生きているということの真実性や実感、成長の喜び、活動の輝き、そしてまた美の本質といったものを認めることができたのでした。


引用文献:
へレン・ケラー著, 鳥田恵訳(1992)『へレン・ケラ一 光の中へ』めるくまーる, p.54-55

普段の生活の中で、「毎日、生きている実感、成長の喜び、活動の輝きを見出せるようになった」そう素直に口にできることは少ないと思います。なぜなら、気付きや感謝する心といった素地がなければ、そうした感情が生まれ出る事はないからです。
そして気付きや感謝は、謙虚な気持ちがなければ生まれないもの。
そのように考えると、信仰とは人間の心の中から謙虚さを引き出すきっかけになるのかもしれません。

何も私は、信仰を美化しているわけではありません。
ただ、何かを知る、考え方を知る、ということによって人は変われるという例として、ここで取り上げました。

世の中には、苦しい境地の人々の弱みに付け込むような勧誘をする宗教もありますが、そうした宗教に信心を深めていくことは、決して人の生きる道を支えるものにはなりません。
でも、日々の暮らしの中に、「両手に余るほどの可能性」と表現できるような喜びを連れてきてくれる信仰は、本人にとっての善となり得るものだと思います。
そして何かの教義に基づく信仰といった枠組みだけでなく、考え方とか思想、そういったもっと身近なものによっても、人は変わり得るのではないかなと思います。そこがきっと生物の中でも、人間に与えられた特権のような気がいたします。

 
あなたのお子さんがどのような苦境であっても、生きている実感や感謝、喜びを感じられる心が育ちますように…  
長原恵子