病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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病気と一緒に生きていくこと
可能性を十分に発揮する権利

ヘレン・ケラー女史は1922年9月、カンザス州のある紳士から求婚の手紙をもらいました。その男性はお嬢さん4人と息子さん1人がいらっしゃる方で、奥様は他界されていました。ヘレンとの結婚を自分が本気で考えていることを、信じてほしかったのでしょう。その男性はお手紙に、家族写真と自作の詩も添えていました。
いろいろと考えられた末、ヘレンはその方へお断りのお返事を出したのですが、その中で、自分は今、幸せであるということを次のように記しています。

幸福は心の状態で、外部の状況とはほとんど何の関係もありません。つね日ごろ、わたしは自分にできることでたいへん忙しくしていますので、自分にできないことで思い悩む暇などないのです。でもあなたのお申し出を前にして、わたしは自分が妻となるのに実際にふさわしい女かどうか、自問してみずにはいられませんでした。


引用文献:
ジョゼフ・P.ラッシュ著, 中村妙子訳(1982)『愛と光への旅―ヘレン・ケラーとアン・サリヴァン』新潮社, p.351

ヘレンと結婚したいと思ったその男性も、身体の不自由さを抱えて生きてきた方でした。8歳のとき、トラックに轢かれて右足の指全部と、左足の指4本を切断することになってしまったのです。でも、それがトラウマになって、その後の人生が支配されてきたわけではありません。その男性はコルクの義指をつけて、普通の靴を履き、杖を使わず、歩き、生活を楽しんでいました。他者から見れば大変な出来事に見舞われたにもかかわらず、卑屈になることなく、しっかりと自分の人生を生きてこられたのです。

お断りの返事を出したヘレンに対して、その男性はまたお手紙を書きました。自分の信念をわかってほしかったからです。

私の生活の軸となっているのは、すべての人間は、他人を不当に抑圧することにならぬかぎり、自分のもっている可能性を十分に発揮する権利を生れながらにしてもっているという信念です。


引用文献:前掲書, p.352

その男性は、これまでたくさんの苦労をしてきたことでしょう。でも他者への気配りも忘れず、自分は幸せになろう!と一生懸命生きてきた方だったからこそ、「自分の可能性を十分に発揮する権利」という言葉が表面的な美辞麗句ではなく、非常に真実をついた言葉のように思えます。
このようなお手紙をもらったヘレンですが、それでもまた、お断りのお返事を出しました。

盲聾という障害のせいで自分を不幸だと思ったことは一度もありませんでした。なぜなら、それを通じてわたしは、他の人々を助けるとくべつな道を見出したのですから。
わたし個人の痛みなど、搾取の残酷な陥穽の中に落ちた幼い子どもの叫び声に、くらべるとき、いささかも問題ではないと感じています。わたしたちの国には精神的、肉体的に致命傷を負っている小さな子どもたちが何百万といます。わたしのまわりの世界を狭めることによって、神はわたしを彼らに近づけてくださり、人間として当然の遺産を彼らが奪回する手助けをしようという願いを、わたしのうちに起させてくださいました。
わたしの障害は、わたしの立ち向うべき壁を示し、残忍な、利己的な、偽善的な脱力に挑戦する道を開いてくれました。


引用文献:前掲書, p.354

ヘレンとこの男性のお手紙のやり取りを見ていますと、人生を諦める理由など一つもないというように思えてきます。
そして幸せというものはそれぞれ異なった幸せの形があるのであり、他人の思い描く幸せを自分が追及すると、それは苦しいものになってくるけれど、自分の思い描く幸せを追求していくことは、こんなにも人を活き活きとさせるものなのだなあと、改めて感じました。

 
あなたのお子さんも、周りに振り回されないで、自分の心が充たされ、幸せになれますように。
長原恵子