病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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病気と一緒に生きていくこと
まだ知り得ない可能性

病気や事故で頭部にダメージを受けたと知った時、ご両親の心痛は大変深いものです。ダメージを受けたところが司る機能を、どうやって回復させていけるのか。もしその機能の回復は見込みがないと診断された時は、これからどうしたら良いものか…と落ち込む日々を過ごされているかもしれません。でもアメリカの精神科医 ノーマン・ドイジ先生の本の中に登場するジョーダン・グラフマン先生のお話は、嬉しい希望を見出せるものだと思うので、取り上げたいと思います。

グラフマン先生はアメリカのNIH(国立神経疾患・脳卒中研究所)の認知神経科学部門で、前頭葉と神経可塑性について研究されている方です。グラフマン先生は小学生だった頃、お父様が脳卒中に倒れられ、その後すっかり人格が変わり、攻撃的になってしまったのだそうです。また、大学院の学生の頃、頸を絞められて低酸素脳症になって大きなダメージを受けた女性が、事件から5年以上経ってトレーニング(記憶、思考、読むこと、運動)を行ったところ、学校に戻り、社会復帰できるようになったという経験をされました。本来このトレーニングは事件が起きた1週間以内にやるべきものだそうです。そうした経験が、脳のダメージと回復の可能性という研究分野に突き進む原動力になったのでしょう。
  その後グラフマン先生はアメリカ兵の神経心理学部門の責任者として、ベトナム戦争によって前頭葉を損傷した兵士の回復について研究を進めるようになりました。そこで脳に深刻なダメージを受けても、ダメージを受けた領域をかばう認知能力を再編成できるということを明らかにしたのだそうです。
  脳の可塑性についてグラフマン先生は「マップの拡大」「感覚の再配置」「補償のマスカレード」「鏡映領域の引きつぎ」と4種類挙げられています。(※詳しくは下記参照)このうち、「鏡映領域の引きつぎ」と考えられる、ある青年のお話が取り上げられています。

マップ
脳の中でどこの部分は何を担当するものですよ、と脳をまるで都道府県別に塗り分けた地図のように考えること
感覚の再配置
ある感覚に障害が起こった場合、それによって得られていた情報を、別の感覚から得るようになること。例:視覚で得てきた多くの情報を、今度は触覚から多く得るようになる。
補償のマスカレード
目的を達成するために数種類の方法があるならば、ある方法が駄目なら、別の可能な方法で行うこと。例:文字を読めなくても、音として聞いた情報は認識できる。
鏡映領域の引きつぎ
脳の半球の一方である機能が損傷されると、反対側の半球の同じような位置の場所が、その機能を引きつごうとする変化。

ポールは生後7カ月のときに交通事故にあった。頭を激しく打って、砕けた頭蓋骨の破片がポールの右の頭頂葉、つまり脳の中央の上の部分、前頭葉の後ろに押しやられた。グラフマンの医療チームがポールに初めて会ったのは、彼が17歳のときだ。

驚くべきことに、ポールは計算や数字の処理に問題をかかえていた。右の頭頂葉を損傷した患者はふつう、視覚空間情報の処理を苦手とする。グラフマンたちは、数学的事実を蓄積し、簡単な暗算などの計算をするべき左の頭頂葉が右の代わりをしているために、ポールの左頭頂葉は、損傷がなくても、本来の役割をこなせないのだと考えた。

CTスキャンは、ポールの負傷した右側に嚢胞をみとめた。グラフマンとレヴインはfMRIスキャンをおこない、スキャンされている状態で、ポールに簡単な算数の問題を出した。左の頭頂部には、かすかな反応しか見られなかった。
この奇妙な結果から、ポールの左頭頂葉は、右が処理できなくなった視覚―空間情報を代わりに処理しているせいで、本来あるべき計算の機能を、ほとんど発揮していないことがわかった。

交通事故にあったのは生後7ヵ月で、ポールが計算を覚えるようになる前だ。つまり、左の頭頂葉が計算という特定の仕事を処理するようになる前だったのだ。算数を習うようになる6歳までのあいだ、ポールにとっては、動きまわることのほうがはるかに大切だった。視覚空間処理は必要不可欠の機能だったのだ。それで、視空間認知機能は、右の頭頂葉にもっとも近いところ――すなわち左の頭頂葉に落ちつき先を見つけた。ポールはこれで動きまわれるようになったわけだが、それは犠牲をともなった。算数を習うときには、左の頭頂葉の中心部分はすでに、視覚―空間処理にあてられていたのである。


引用文献:
ノーマン・ドイジ著, 竹迫仁子訳 (2008)『脳は奇跡を起こす』
講談社インターナショナル, pp. 310-311

人間の身体は「その時、最善の方向へ」進むのだろうと思います。端的に見ると、頭は回復して行く過程で、何か得られる能力(A)をと引き換えに、他の能力(B)を失ってしまうと受け取られてしまうかもしれません。
しかしながら、当時、能力AはBよりも、うんと必要性の高かったもの。それが本人の能力として十分定着してきたのであれば、能力Bを必要とした時期になった時、能力Bを補うためのトレーニングをすれば、能力Bは開発できるのではないでしょうか。鏡映領域(左右の半球の同じような領域)といった考え方ではなくて、全然違う領域が活躍するというようなことが、あるのではないかと思うのです。エッセイ「半分から切り開く人生」で取り上げたような女性のように…。
現代の医学では「奇跡的」と表現されるような脳の回復の可能性は、100年後にはどなたも知っているような、当たり前の事実になっているかもしれません。一生のうちで私たちが使う脳の機能は、その全体のごく一部でしかないと言われています。知らない能力や可能性が満載のはず。
十分知られていない可能性を達成した人のことを、今は奇跡と呼んでいるのではないでしょうか。
どうやったら「奇跡」が「当たり前」に変わっていくのかな。
早くそうした恩恵にあずかれるお子さんが、1人でも増えるといいのだけど…。
きっとそこには、まずは日々の生活から絶望や落ち込みを排除することが、大切なのだと思うのです。絶望や落ち込みの中から、ポジティブな結果が生まれるはずはないのですから…。

 
落ち込む日があっても、それがいつまでも続きませんように。落ち込みはあなたのお子さんの可能性の芽を摘んでしまうものだから。 
長原恵子