病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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家族の気持ちが行き詰まった時
雲のようなご両親の愛

一歳八ヶ月の時にかかった病気のために、視覚と聴覚を失くし、あと三ヶ月で七歳になるという頃まで教育を受けていなかったヘレン・アダムス・ケラー女史にとって、アン・マンスフィールド・サリバン先生との出会いは、自分の生きている世界には言葉がある、ということを知る大きな転機となりました。
コップの中に入っている牛乳とコップの区別がわかりかねていたヘレンを サリバン先生は外に連れ出し、井戸のポンプから勢いよくほとばしる水を手に受けさせ、ヘレンにそれがwaterという名前を持っているのだと気付かせた話は、皆さんも聞いたことがあると思います。

ヘレンはものに名前があるだけでなく、自分の行動も言葉で表すことを知っていきました。ある日、ヘレンが大きさの違うビーズを糸に通す練習をしていた時のことです。何度も間違え、そのたびサリバン先生に教えてもらいながら、続けていましたが、そのうちヘレンはまた間違えてしまったことに気付きました。そして今度はじっと自分で、ビーズをつなぐ順序を考え直したのです。
その様子を見たサリバン先生は、ヘレンの額に手を当てて、それが「考える」ということであると指話されました。
これがヘレンにとって、抽象的観念について意識的な認識を持った最初となったのだそうですが、その後、ヘレンは愛について考え始めました。
それは次のように記されています。

長い間私はじっと手をとめていました−膝の上の南京玉を考えていたのではなくて、この新しい観念の光に照らして、「愛」の意味を発見しようと努めていたのです。その日は朝から太陽が雲にかくれて、ときどき通り雨が降ったりしていましたが、急に太陽が南部特有の麗らかさをもって輝きはじめました。

私はもう一度先生に、「これが愛ではありませんか?」と
尋ねました。

「愛とは、今、太陽が出る前まで、空にあった雲のようなものですよ」と先生はおっしゃいました。

私はこの答を、その時了解することができませんでしたので、
先生はもっと簡単な言葉で説明してくださいました。

「あなたは手で雲に触れることはできませんが、雨には触れることができます。そして花や渇いた土地が暑い一日のあとで、どんなに雨を喜ぶかを知っています。
あなたは愛には触れることができませんが、それがあらゆる物に注ぎかける優しさを感ずることはできます。
愛がなければあなたは幸福であることもできず、その人と遊ぶことも望まないでしょう」

この美しい真理は、たちまち私の心に徹しました。私は自分の魂と他の人の魂との聞には眼に見えぬ糸がむすばれていることを感じました。


引用文献:
ヘレン ケラー著, 岩橋武夫訳(1966)『わたしの生涯』角川書店, pp.38-39

触覚が頼りであるヘレンにとって、触れて確認することのできない雲は、あるのかないのかさえも、わかりません。しかしながら、その雲は雨へと変わって地上を潤し、手が届くはずのなかった地上の人々に降り注ぐのです。愛とは触れて確認できるようなものではないけれど、愛に満ちた人によって自分に向けられた行動は、愛の表れの一つだとへレンは理解することができたのだろうと思います。

「自分では直接確認することはできないけれど、確かにそこにある」ということは、自分の中で合点がいったというか、腑に落ちたとでも言いましょうか。そのような思いを得たからこそ、ヘレンは「自分の魂と他の人の魂との聞には眼に見えぬ糸がむすばれている」と感じることができたのでしょう。

 
病気で意識がなく眠り続けているお子さんの御両親へ、お子さんはたとえ意識がなくても、あなたの愛情を心で十分に受け止めているはず。だから反応がなくても、どうか心配しないで…  
長原恵子