病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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お子さんが病気になってしまったら、あるいは生まれた時から、何か不自由なところがあるとわかったら、ご両親はとてもご心配なさると思います。そして、完治を目指すことが難しい病気であった場合、「どういうふうに育てていけば良いのだろうか」と考え込むことが多いと思います。
ヘレン・ケラー女史は、ご自分の体の不自由さを次のように考えていらっしゃいました。

私は自分の身体的障害を、どんな意味でも神罰だとか不慮の事故であると思いこんだことは一度もありません。もしそんな考え方をしていたら、私は障害を克服する強さを発揮することはできなかったはずです。(略)

スウェーデンボルグの著書『真のキリスト教』は、神が私たちに与えられた力や、自己を活気づける力を鼓舞する言葉にあふれでいます。「信仰」と「自由意志」の両章で、彼は次のように力説しています。「不運や不遇や自分の失敗ですら、まるで両手をだらりと下げて神の思寵が自分を動かしてくれるのを待っている彫像のように、けっして悲観的に無抵抗に受け容れるべきではない。われわれは精神的奴隷状態にけっして甘んじてはならない。みずから進んで恐れることなく自分自身をのぞきこみ、何をすべきかについての新しいアイデアと、意志力を強化する方法とを見つけ出すべきである。そうすれば神は、われわれのすべての要求に充分見合った光と愛をくださるだろう」と。

そうなると、あらゆる種類の障害は、当人がみずからを開発して真の自由を獲得するように勇気づけるための、愛の笞ということになります。それらは、石のように堅い心を切り開いて神からの高尚な贈り物を自分の存在の中から見つけ出すために、私たちに手渡された道具なのです。


引用文献:
へレン・ケラー著, 鳥田恵訳(1992)『へレン・ケラ一 光の中へ』めるくまーる, pp.190-192

「自分自身をのぞきこみ、何をすべきかについての新しいアイデアと、意志力を強化する方法とを見つけ出すべきである。」って良い言葉ですね。
確かに自分のことを一番知らないのは、自分かもしれません。
でも病気や身体の不自由さを「神からの高尚な贈り物」「愛の笞」と言われても、なかなかそのように思うことは難しいです。
どうしてヘレンはそんな風に思い続けていたのでしょうか。

人はこのようにして、障害を超えて大望を抱くことや、偉大な事業に崇高な意欲を燃やしてその達成にすることこそ、成長するための現実的な方法であることを学んでゆきます。そして、自分がいつも生きている外側の生活の深い意義をますます意識しながら成長してゆくのです。


引用文献:前掲書, pp.194-195

病気の有無にかかわらず、何か心の中に「やりたい」と思うことを決めて、それが叶うように頑張っていくことは、何も目標を決めず過ごす日々とは大きな違いがあります。その成果がなかなか日の目を見ることがなかったとしても、確かにそれは「成長」と言えますね。
病気という事実は変えられなくても、その事実を自分の生き方を変えていくきっかけにして、自分自身の気持ちも変わっていくということは、自分の人生の主導権を「自分」が握るということですものね!
病気に支配されるのではなくて。振り回されるのではなくて。
病気のことを考えると、憂鬱になるかもしれませんし、子育てにどこか気負いを感じてしまうかもしれません。
でもお子さんが何か目標を見つけて、それに向かって歩き始めるような気持ちになれるよう、お子さんの心をはぐくんでいくこと…それが子育ての中で、とても大きな力を持つ働きかけのように思います。

 
あなたのお子さんが、何か生活の中に張り合いがもてるようなことを、見つけられますように…。                  
長原恵子