病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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お子さんの入院や自宅療養が長引くと、変わらない環境の中でストレスがたまり、お子さんの行動や言葉に変化が出てくることがあります。ご両親にとっては何とかしてあげたいという気持ちから、おもちゃやゲームを買うことも多いかと思います。
以前小児外科病棟に勤めていた時、入院患者さんの持ち込みの私物の数は限られていたのですけれど、面会時間が終わり、寝る支度が始まり、午後9時の消灯時間に近づく頃、なぜか子どもたちはおもちゃやゲームではなく、本を読む子が多かったように思います。
自分で読む子もいますが「読んで〜」と甘えてくる子も。
お薬や点滴、排泄の介助など、どうしても優先しなければならない仕事を終えたあとで、時間が許す限り本を読んであげました。でも、少人数で仕事をするには、早く読み終わらなくちゃいけなくて、時々文面どおりの内容ではなくて、ちょっと話を創作してページをめくったこともしばしば。「それ違うよ!」と子どもにつっこみをされたのも、懐かしい思い出。

いつもは強気な表情を見せているお子さんが、無防備な表情を見せて横になって聞いている時、「あぁ昼間は子どもながらに頑張っていたんだ…」と気付かされること、多くありました。
寝る前、おもちゃやゲームで「一緒に遊ぼう」という子がいなかったのはなぜかしら?
私見になりますけど、おもちゃやゲームはなんとなく時間を消費するための時間には持って来いではありますが、心安らかな、落ち着いた状態にはしてくれないのかもしれません。

さてアメリカの医師 アンドルー・ワイル先生のご本の中に、次のような文章がありました。

こころの目は治癒系と特別な関係にある。大脳皮質の大きな部分が視覚用に使われているのだ。後頭部にあたる脳の部分は大半が眼球の網膜からくる情報の処理に追われているのがふつうだが、その仕事から解放されて情報処理の対象を内部に向けたとき、からだとこころの交流のための、もっとも重要なチャンネルがひらかれることになる。
ほとんどの人はこころの目に映るイメージを漠然とながめることに時間を費やしている。しかし、そのプロセスを意識的に操作 ― たとえばイメージを細部にわたってより鮮明に、明るくするなど ― する人はごく少ない。社会がそんなことに価値を置いていないからだ。

引用文献:
アンドルー・ワイル著, 上野圭一(1995)『癒す心、治る力 自発的治癒とはなにか』角川書店, p.279

自分のベッドの横で「本を読んでもらう」ということは、もちろん目を休ませるということにもつながりますが、それは網膜からの情報処理を行う頭を休めることにもつながりますね。
そして、耳から入ってきた本の世界を自分の心の中で広げていくことは、挿絵にとらわれることのない、自由な想像の世界を取り入れることになるのだと思います。
そんな風にして、子どもたちは限られた病室から、自分の心をのびのびと別の世界で遊ばせているのかもしれません。
なおかつ、本を読んでもらう時間、それは誰かを独占できるということ。自分と、誰かと、本の間に生まれる空気を取り込んで、それが眠りにつながっていくのかもしれません。

そういうことを、子どもたちは本能的に知っていたのかも。
本を読んでもらうことによって、心の目を働かせることができることを。そうだったらすごいなあ。

 
あなたのお子さんも、心の目がたくさん働くことができますように。
長原恵子