病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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家族の気持ちが行き詰まった時
祈りがもたらす痛みの軽減

普段「祈る」ことに対して、そこに本当に価値を見出す方もいれば、「それは気休めに過ぎない」と思う方もいます。でも、どのような方であっても、もしもお子さんが危篤状態になったならば、祈らずにはいられないと思います。その「祈り」が非常に大きな意味を持つということを、最近読んだダニオン・ブリンクリー氏の著書の中に見つけました。

ダニオン・ブリンクリー氏は3度の臨死体験を持つ方です。
1度目は1975年、25歳の時です。落雷の電流が電話線を通り、ブリンクリー氏の身体には、18万ボルトもの電流が身体を流れてしまいました。その時、体外離脱をされ、臨死体験をされたのです。
2度目は1989年のことです。自動車の修理中、腕にIII度の火傷を負い(これは皮膚のすべての層が損傷し、神経まで焼けている状態です)、更に翌日左手を切ってしまったのだそうです。その数日後、大動脈弁にブドウ球菌が感染し、心不全と肺炎を併発し、大動脈弁置換術が行われることになりました。その術中に、臨死体験をしたのです。
3度目は1997年に起こりました。強烈な頭痛と脱力感によって判明したのは右側頭葉の硬膜下血腫でした。脳動脈瘤もあったそうですが、そちらは手術不能だったのだそうです。可能な策として硬膜下血腫に対する手術が行われたその術中、臨死体験をされました。

そして3度目の入院中、ブリンクリー氏が硬膜下血腫の手術を受ける前の危篤状態だった時に、不思議な体験が起こったのです。1989年の弁置換術の後、抗凝固剤(※)を内服していたため、薬の効果が薄まるまで手術を待つ必要があったのですが、その時に起こった出来事でした。

※長原注:人工弁のような異物を体内に入れると、血液は異物を取り囲み、固まるようになります。こうしてできた小さな血の塊(血栓)が血管の中をころころと転がり、あるところで血管の流れを塞いでしまうと、そこから先の細胞に酸素や栄養が行き渡らず、壊死してしまします。そのため抗凝固剤を内服していた方がそのまますぐ、手術を受けることは、出血が止まりにくいという大きなリスクを抱えることになるのです。

危篤状態で病院のベッドに寝ていた聞のある夜、アート・ベルがわたしのために祈るようラジオでリスナーに呼びかけた。はっきりとした意識もない状態だったから、何が起きているのか、わたしはまったく知らない。ところが、アートが世界中に向かって祈りを求めてから数時間のうちに、圧倒的な光り輝くシルバーブルーのエネルギーがベッドを取り巻き、わたしはぱっちりと完全に意識を回復した。
何が起きたのかわかったのは何日も後のことだ。

時系列に起きたことをつないでみると、世界各地からたくさんの人々が祈り続けてくれてからわずか数時間でものすごい強さのヒーリング・パワーが作られていた。後になって知らされたのだが、アートの訴えに応じて500万人を超える人々(個人だけでなく、スピリチユアル団体や教会なども)が、数え切れないほどの国々から彼自身のやそのほかのウェブサイトにログオンしていた。
これらすべての魂がわたしのことを心配し、愛情をもって回復を祈ってくれていたのだ。この目がくらむような事実を思うと、今に至っても身が引きしまる。

入院生活最初のまる一週間、わたしは血腫による絶え間なくひどい痛みのおかげで絶望のどん底に落ちていた。こんなに苦しい思いをさせられるよりはと、死を考えた。死について新しい認識を得た身として、気持ちがふらふらと安楽死の要求へと向かってしまう。ところが奇跡的に、気遣ってくれる何百万という人々の祈りがわたしの代わりにエーテルの中へ流れ出すと、すべてが変わった。

最初、わたしがいちばん心配したのは、際限のない痛みのために自分の生活をきちんと管理する気力がなくなることだった。
ところが、大祈祷会の後、ふと意識が戻って考えをまとめようとするたびに、シルバーブルーのエネルギーが病室に現われ、痛みが和らいだ。
驚くべき実感で、ほとんど信じられないほどだった。詳細については知らない。わたしが確かにわかっていたのは、シルバーブルーのエネルギーの中で耐え難い苦しみがかなり和らいだということだけだ。


引用文献:
ダニオン・ブリンクリー&キャスリン・ブリンクリー著, 小川昭子訳(2013)『光の秘密 天国からのレッスン』ナチュラルスピリッツ, pp.135-136

たとえば、薬ではプラシーボと呼ばれるものがあります。本当の薬効成分が入っていないものを飲んでも、症状改善などを表すものです。でも、プラシーボの場合、本人はこれが偽薬などとはまったく知らされていません。効く薬だと思って飲んでいるのです。その「信じる力」が、何か効果をもたらしたという風に考えることができます。

しかし、ブリンクリー氏のこの痛みの軽減は、プラシーボと同類ではありません。なぜなら「今、自分はたくさんの人に祈られているのだから、きっと良くなるはずだ」などとは思っていなかったのです。500万人もの人々が祈りを捧げていたという事実は、後で聞かされたのですから。
祈りの力が、いったいどのようなプロセスを経て、ブリンクリー氏の痛みの解消につながったのはわかりません。でも、そこに科学的に証明できる何かがなくても、その現実が起きたということは、とても見逃せない、揺るぎのない事実なのです。

お子さんが危篤状態で「自分はなすすべもない。親とは何と無力だろうか。」と落胆しているご両親が、いらっしゃるかもしれません。
でも、あなたの「祈り」は、必ず何かの力を生み出しているはずです。お子さんにとってポジティブな結果をもたらすようにと…。

 
お子さんはあなたの祈りの力によって得た心地良さを、しっかり感じることができています。たとえ目を開けて、話さなくても。   
長原恵子