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家族の気持ちが行き詰まった時
今日は明日の思い出になっていくから

我が子の成長ぶりが、他の大勢のこどもたちとは、どこか違うのではないかと気づいても、それを病的なものだと最初から思う親御さんは、決して多くはありません。成長の一過程であり、きっとそれを乗り越えれば新しいフェーズが始まるのだと信じて…。
でもそれが、個性とカテゴリーされず、診断名がついたとき、「もっと早く受診して、診断を受けていれば…」と、自責の念に駆られる方もいらっしゃいます。親御さんの立場では、確かにそれは、自然な心の成り行きだと言えるでしょう。でも親の抑鬱状態が長く続くことは、お子さんにとって望ましい状況とは言い難いと思います。

では、その気持ちをどう考えていけばいいのか…。
先日読んだ山口かこさんのコミックエッセイ『母親やめてもいいですか 娘が発達障害と診断されて…』(かもがわ出版)の中に綴られていた、かこさん(お母様)の気持ちが、きっとみなさんが考えて行くうえで、拠り所になるような気がいたしましたので、ご紹介したいと思います。

かこさんはお嬢さんのたからちゃんが1歳半頃までは、とくに発達の遅れを気にすることなく、一生懸命育児を頑張っていました。2年間の不妊治療の末、4か月お休みした時に授かった命。かこさんは嬉しくて、天にも昇る気持ちだったそうです。初めての育児は本当に大変だったけど、たからちゃんの寝顔を見ては、小躍りしそうなほど幸せを感じていました。

しかし1歳半頃から、たからちゃんが、他のお子さんたちとは様子が違うところがあると気づいてきたのです。目を合わさない、あまり笑わない、抱っこの時、ひっくり返りそうなほど体を反らす、おしゃべりが遅い…。たからちゃんは一日中泣いていたそうですが、それは当時、重症と診断されたアトピー性皮膚炎のかゆみのためだろうと思っていたのだそうです。

やがてたからちゃんは2歳になる頃から、かんしゃくを起こすようになり、それは本人が泣き崩れて眠るまでずっと続き、ある時からは自分の頭を叩きながらかんしゃくを起こすようになりました。かこさんはその理由がわからず、途方に暮れてしまったのです。でも、どんなに手に負えないほど、ひどくかんしゃくを起こしても、時折見せるたからちゃんの無心な笑顔にかこさんは救われ、たからちゃんがもっと笑顔になれるように頑張ろうと思っていたのです。

たからちゃんが2歳を過ぎて、言葉をお話するようになってからは、頭を叩くことはやめて、要求を言葉で表すようになりました。しかしその要求はつながりがなく、まるでかこさんに絡むような感じでした。そしてたからちゃんは、かこさんに体当たりするようになったのです。

かこさんは悩み、ネットでいろいろ検索しました。そのうちご主人のお母様から、どこかで相談するようにと勧められ、県立病院の児童精神科に予約を入れたのです。そしてようやく半年後、受診日がやってきました。たからさんは2歳7か月になっていました。そこで広汎性発達障害と診断されたのです。

診断を受ける前のことを振り返り、かこさんはお母様は次のように記しています。

もしこの頃にたからの障害に気づいていたら、たからも私も、もう少しラクに過ごせていたでしょう。

いや、本当は、うっすらと気づいていたのです。他の子とは何かが違うことに……。(略)

心のどこかで「?」と思いつつも、はっきりさせなかったのは、希望を持っていたかったからかもしれません。
この時期さえ乗り越えれば、少し成長したわが子との楽しい時間が待っているのだと。


引用文献:
山口かこ(2013)『母親やめてもいいですか』かもがわ出版, p.41

かこさんは、決して現実から目を逸らしていたのではありません。たからやんの成長ぶりを、おおらかに受け止めてあげたかったという母心が伝わってきますよね。

「あの時、もっと早く…」とか「どうして、気づかなかったの…」とか周囲から冷たい言葉をかけられるかもしれません。
でも過ぎた時間を後悔し、自分を責めたところで、親御さんとお子さんの思い出が、違うものへと変わるわけではありません。
かこさんはこんな風に書いていらっしゃいます。

ひょっとして、もっと早くに障害に気づいてあげられたら、たからはあんなに泣かずにすんだのかもしれません。

ですが、それを差し引いても、私はこれで良かったと思っています。生まれたての命を慈しみ育む喜びを、素直に感じることができたから。

その喜びがパワーの源となり、たからに全力で愛情を注ぐことができたのだと思います。


引用文献:前掲書, p.29

そうですね。その瞬間、瞬間を、かこさんは全力でたからちゃんと向き合って育ててきたのですから…。そうした時間の中にいた自分を肯定することは、大切な一歩だと思うのです。また、そうすることによって、自分の人生のある瞬間がかけがえのない瞬間に変わっていくのだと思うのです。

そして、過去を振り返る時にもう一つ、大事なお仕事があります。
かこさんの言葉を見てみましょう。

私は「今」に目を向けず、いつも「先」ばかり見ていました。

そうすることで余計に不安になっていたのですから、本末転倒ですね。

「今目の前にいる子どもとのひとときを大切に過ごすこと」

その一瞬の積み重ねがすべての子育てに通ずる道であると、あのころの私に教えてあげられたらと思います。


引用文献:前掲書, p.87

当時の自分をわかっているからこそ、言える言葉。
そのかこさんの言葉は、いろいろな親御さんにお届けしたい言葉でもあります。

 
交錯する時間の中で、翻弄されるあなた。でも今、自分がいるべき立ち位置を見極められたら、大切な思い出がもっと増えていくはず…。
長原恵子