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エッセイ「ポジティブな努力が生んだ新たな能力(脳の可塑性)」では、脳卒中に倒れた後、驚異的な回復を遂げて人生を謳歌したペドロ・バキリタ先生のことをご紹介しました。まだ読んでいない方は、ぜひ先にこちらをご参照ください。そこでは継続した地道なリハビリと本人の治りたいという意欲が、脳の可塑性の力を引き出す上で、大きな役割を果たしていることを書きました。今日はまずリハビリとそれを支える家族の気持ちのあり方について注目していきたいと思います。

※電話インタビューStroke Recovery Solutions with Dr. George Bach-y-Rita (Caregiver of Pedro Bach-y-Rita)と『脳は奇跡を起こす』(ノーマン・ドイジ著, 竹迫仁子訳, 2008, 講談社インターナショナル)を参考にしています。差異があるものは電話インタビューの方を参考にしています。

19歳の息子のジョージさんは、脳卒中で麻痺が起こってしまった父親と二人暮らしをすることになったのですが、当時リハビリテーションについて専門的な知識を持っていませんでした。
そこで赤ちゃんが成長発達していく様子を参考にされたのです。赤ちゃんの成長はプロセスを経て進んで行きます。だんだん動ける範囲が拡大していきます。急に歩けるようにはなりません。這い這いをしたり、つかまり立ちをしたり、伝い歩きをして、ようやく一人で歩けるようになっていきます。それまでには何度も失敗を繰り返します。でも赤ちゃんはそのたび諦めてしまうわけではありません。できるまでただひたすら、何度も何度もトライします。そこにジョージさんは注目されたのです。

こどもと大人の違いについて、ジョージさんは次のように語っています。

And they seem very usually unwilling to put the enormous amount of time into learning small functions. When I now watch my grandchildren, and I have an eighteen month old grandchild and a three year old. I've watched- they struggle at every step of the way, to master simple skills and that's what the adult has to do as well. (略) And if they don’t do that, they won’t get the skill because it requires repeated episodes- repeated efforts so that the brain will form the new connections. But the brain will form the connections. It's just has to work at it.

(長原私訳)
病に倒れると、人は普通、些細なことができるようになるために、膨大な時間を費やそうとしたがりません。私には1歳半と3歳の孫がいますが、何かする時、どんなシンプルなやり方であっても、それができるようになるには、毎回大変苦労しているのを私は知っています。大人だってやっぱり同じようにやらなくては。(略)
もしそうしなければ、できるようにはなりません。脳が新しいつながりを作り上げていく時には、何度も繰り返し、努力を積み重ねることが必要ですから。
脳は確かにつながりを作り上げていきます。ただ、ひたすら努力すればの話ですが。

英文引用サイト:
Stroke Recovery Solutions with Dr. George Bach-y-Rita (Caregiver of Pedro Bach-y-Rita), p.9

The motivation and the stick-to-itness, the willingness to keep over and over and over struggling the way the child struggles. (略) If the adult doesn't do that, the progress doesn't come. And adults have their lives so full of other things. And the other thing is that adults often aren't willing to invest in time and energy because they don’t see the future.

(長原私訳)
こどもたちが何度も何度も、できるまでやり続けるような気持ち、積極性と根気強さ、それが大切なのです。(略)もし大人がそうしなければ進歩など訪れるわけがありません。
大人はそれぞれの生活がありますし、やらなくてはいけないことでいっぱいですよね。見えていない未来に対して、自分の時間とエネルギーをそこに費やしたくないんですね。


英文引用サイト:前掲サイト, p.11

さてバキリタ先生が再び歩けるようになるためには、まず「這い這い」が必要だと考えたジョージさんは、床に小石やコインを転がし、父が這い這いをしてそこまでたどり着き、不自由な右手で拾う練習をしたそうです。それは家の庭の芝生の上でも行なわれました。その光景を目にした周囲の方からは、否定的な見方をされることもあったようです。

這い這いするまでには発症後12週間から16週間かかったそうですが、息子のジョージさんは父が膝を痛めないよう、膝当てを用意したそうです。
そして力の入りにくい右の肩と腕を壁に寄り掛からせて、何カ月も壁伝いに這う練習をしたのだそうです。バキリタ先生の家のあたりは高い塀で囲まれている家が多いそうで、散歩できるようになってからも、塀伝いに歩き、麻痺のない左手でバランスを保っていたのだそうです。

手や指の力を取り戻すためには、比較的力の入る左手で壺を抑えて、力の弱い右手で壺を回しながら洗う、という方法もとったそうです。バキリタ先生の奥様は、バキリタ先生が脳卒中に倒れられる前に、既に他界されていたのですが、奥様亡き後はバキリタ先生は家事を引き受け、自ら買い物に行き、息子のために料理を作り、共に食卓を囲んで楽しむ生活をしていたそうです。ですからジョージさんは、父が脳卒中の前にかつてやっていたことで、危険ではないことをリハビリとして取り入れてみようと考えられたのです。また、たとえ壺の洗い残しがあったとしても、その仕上げは自分やメイドさんがやれば済む話だと、ジョージさんは考えました。ということは単に練習としてやっていたのではなく、実用的な家事の一部だったということですね。生産的な何かに自分が関われることは、きっと大きな自信につながっていったと思います。

バキリタ先生は倒れて3か月後、話す力が戻ってきました。そしてその数カ月後には腕全体を使ってタイプライターで文字入力できるようになり、段々進んで、以前のようにタイプライターが打てるようになりました。バキリタ先生は脳卒中になってからも、とても前向きに時間を過ごすことができたのです。

バキリタ先生は、自分の心の内側から沸き起こる意欲に溢れていました。それを息子のジョージさんは、ただひたすら支持する。例えば、父がやろうとしていることが、何につながっていくのかわかるように、言葉にしたのだそうです。確かに単調な地味なリハビリの繰り返しだったとしても、それが具体的に、自分の望む明るい未来の何かにつながっていると気付けば、リハビリはそこに至る道の途中にすぎないと知ることができます。毎日劇的な変化が起こるわけではありませんから、長く続くリハビリ中、自らの力で自分の心の中に新しい風を吹き起こすことは難しくなってきます。ですから周囲の人から吹き込まれる風は、淀みそうな心を鼓舞してくれることになるのだと思うのです。そこからきっとまた、希望が湧き、力が生まれてくるのです。

「父のためには、できることを何でもしたかった」と話すジョージさんは、自宅で共に暮らす道を選びました。しかしそれは何もかも手助けすると言う意味ではありません。父の介護に始終追われる暮らしではなく、当時、忙しい学生生活を送っていたジョージさんは、ジョージさんなりの関わり方を築き、自分の人生の時間と息子としての時間を区別していたこと、その決断は吉に出たと思います。必死に介護に明け暮れて、自分のための時間が消失し、介護をする立場の方が追い詰められ、共倒れになってしまうことも十分ありますから。

ジョージさんにとっての関わりは、どうやったら父に残された機能を最大限に活かせ、引き出せるか、という点がポイントだったようです。例えばバキリタ先生の苦手だったことは、ボタンやベルトの着脱でした。それはトイレに行って用を足すときに、大変困ったそうです。そこでサスペンダーや留め具を使ったそうです。
着替えが楽なウエストゴムのスウェットパンツを着るのではなく、あえてそうした服装をとっていたことは、驚きですね。

また、テレビの前で一日過ごすという方も多いでしょうが、当時バキリタ先生のお宅では当時テレビはなかったので「テレビの前で、椅子に座って過ごすなんてできない。何かしなくちゃ」ということで、動き回ったのだそうです。

バキリタ先生は大きい筋肉が最初に使われる動作、例えば立ちあがったり、足をスイングさせて歩くことは苦手だったそうですが、地道な積み重ねで変わって行ったそうです。そしてハイキングできるようになっていったのですから…。

 
リハビリは小さな積み重ねであっても、確実に望む道へとつながっていきます。途中で投げ出すか、信じて続けるか、それは自分次第。
長原恵子