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家族の気持ちが行き詰まった時
悲しみを引き受ける覚悟による変化

前回、「自分自身の価値観が生み出す幸せ」では、パール・バック氏がご自身のお嬢さんの病気と発達の遅れについて向き合っていく過程で、意味を見出し、お嬢さん独自の価値の尊さを認めるようになったことを見てきました。
今日はバック氏の心の中を大きく占拠していた「悲しみ」について、考えていくことにいたします。

バック氏は悲しみを「和らげることのできる悲しみ」と「和らげることのできない悲しみ」の二つに分けて考えました。前者は生活から切り離すことのできる悲しみです。とても悲しいけれど、自分の生を脅かすような混乱を引き起こすほどではない悲しみと考えて良いでしょう。
後者は自分の生活を一変させるほど大きな影響力を持ち、悲しみそのものが自分の生活になり、決して和らげることのできない悲しみのことです。バック氏はこれを「生きている」悲しみとも考えました。

親にとって、自分の最大の努力をはらっても、その力が及ばないところで起こってしまったこと(子どもの病気)に対する悲しみとは、どんなにか深いものでしょう。バック氏は絶望し、思考能力も、生きるエネルギーも奪われ、底なしの泥沼にはまってどうにもならないような感じを持つようになりました。

しかしながら、いつまでもその泥沼の中にい続けたわけではありません。バック氏は周りを見渡すことにより、和らげることのできない「生きている」悲しみを持つ人が、実に多くいらっしゃるということに気付いたのです。そしてバック氏は「こんなに悲しむ人がいるのだから、私の悲しみも仕方がないのだ」という方向に思考を進めることはありませんでした。
自分の悲しみを、稀有で特殊なものだと思うのではなく、普遍的なものと捉えることにより「自分の力を信頼し直す」ように思考を進めたのです。その部分を読んでみましょう。

わたしは、その人たちが悲しみを抱きながら生き方を悟ることができるのなら、わたしにもできるはずだと思いました。今にして思えば、それがわたしの魂の転換のはじまりであったようです。

引用文献:
パール・バック著, 伊藤隆二訳(1993)
『母よ嘆くなかれ[新訳版]』法政大学出版局, p.69

「魂の転換」とバック氏が表現したターニングポイントは、バック氏に大きな変化をもたらすことになりました。
日々の暮らしや自然のうつろいを感じとることができるようになり、生きている実感が湧いてきたのです。
バック氏はそれを次のように考えました。

とにもかくにも、悲しみとの融和の道程がはじまったのです。その第一段階は、あるがままをそのままに受けいれることでした。そのことは意識のうえでは一日で起こったようにも思えます。
「このことは決して変わらない、決してわたしから離れるものではない、まただれもわたしを助けてくれることはできない以上、わたしはこのことを受けいれるほかないぞ」と、はっきり、自分にいい聞かせた瞬間があったのです。

引用文献:前掲書, p.70

これは自分の悲しみは自分が引き受けるしかない、という覚悟だと見ることができますよね。
それはお嬢さんの病気を、母であるバック氏が自分の人生の一要素として認め、引き受けた、ということだと思います。

さて、バック氏の心の変容がすんなりと進んだわけではありません。何度も何度も泥沼にすべり落ち、他の健康なお子さんの姿を見ては、打ちのめされたような気持になったことを吐露しています。しかしバック氏は絶望のどん底から這い上がって、強くしなやかに変わっていきました。
それは心理学や精神科領域で言われる、心的外傷後成長(Posttraumatic Growth: PTG)と同類ではないかと思います。

「これがわたしの人生なのだ。わたしはそれを生きぬかなくてはならないのだ」と悟ったのです。月日がたつにつれて、わたしは生きていく以上、悲しみを抱いて暮らしていても、その中で楽しめることは大いに楽しむようにつとめるのは当たり前だ、と思うようになっていきました。(略)ひとたび心がそのように向きはじめると、わたしは、そうだそうだ、前にはこんなこともあったのだということに、いろいろ気づくようになりました。また、それまでわたしの身辺に起こったことは、じつはわたしを変えていただけで、他のものには何も影響を与えていなかったのだということに気がつきました。


引用文献:前掲書, pp.71-72

私自身のことを重ね合わせて考えてみれば、自分の病名を医師から診断されたとき「自分の病気を自分が引き受けなければ、いったい誰が引き受けるんだ」と思いました。
そしてあれこれと感情と思考が交錯し、ずいぶん回り道をしましたが
「診断される前も診断された後も、私は私であることにちっとも変わりはない」と思い至ったのです。
そして「診断された瞬間から私は病気になったのではなく、自分の気付かないところですでに病気だったのであり、それを自分がただ知らなかっただけなのだ」という事実に目を向けるようになって、気持ちが軽くなりました。診断日を境に急に自分の人生を負の面だらけだと考えることが、ばかばかしく思えてきたのです。生活を楽しんで、感謝しなくちゃと思うようにもなりました。
たとえ向き合いたくない事実であっても、どこかの時点で事実としっかりと対峙し、でもその事実が「自分の人生のすべてではない」ことに気付くことは、本人にとって重要なのではないかと思います。

お子さんの病気という事実をあなたの心がしっかりと引き受けても、あなたのお子さんは「OOOO病の△△△ちゃん」なのではありません。
「あなたのお子さんの△△△ちゃん」なのですから。

 
お子さんがどのような病気であったとしても、あなたにとってお子さんがかけがえのない、大切な存在であるという事実に揺らぎはありません。
長原恵子