病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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祈りがもたらす親子の変化

祈りのもたらす働きについて、3度の臨死体験をしたアメリカのダニオン・ブリンクリー氏のご経験を取り上げましたが、今日祈りの力についてもっと深めて考えてみたいと思います。
ブリンクリー氏は2000年、デューク大学で聞かれた会議(ロックフェラー財団協賛)に招待されました。ここではヒーリングが代替療法や補完療法としてどのような有効性があるのか、錚々たる有識者が参加し、話し合われましたが、その中の1つに「祈り」があったそうです。この会議への参加は、ブリンクリー氏にとって意義深いものになりました。

わたしにとってこのエリート会議でいちばん驚かされた結論は、研究パラダイムのプロトコル・モデルに記録される祈りの新しい定義だった。
「意志的意識的意図」という用語が、祈りの広範囲にわたる医学的霊的応用を含めて定められた。
この新しい用語の響きはわたしの魂と力強く共鳴し、祈りを個人的にも集団的にも有効に使うという、まったく新しい理解を与えてくれた。わたしはすぐさま辞書を引いてこれらの言葉の霊的な意味合いを調べた。

・意志 精神力によって影響を及ぼす能力
・意識 知力のある認識の流れ
・意図 特定の目的に対する集中した注意

何とすばらしい!
この世とあの世の聞の溝に橋を架けるこの大昔の秘密がどう働くのか、とうとうわかったのだ。意志的意識的意図を考えていて、わたしは愕前とした。
より高い目的を作り出すことによって、わたしたちは精神的倫理的責任を負うことができるのだ。この目からウロコが落ちるようなできごとは、さらにパノラマ人生レビューの忘れられない光景について、理解させてくれた。これはわたしが向こう側で拾い集めてきたものの中でも大変重要なことだ。
わたしたちが人生で「何を」するかより、「なぜ」それをするかの方がはるかに大切なのだ。
ついに、何が本当に大切なのかわかった――
わたしたちの「意図」、あらゆる行動を支える動機だ。これが魂の真の評価になる。

この知識を武器に、わたしたちは人生をコントロールすることができる。それに意志的意識的意図である祈りを加えれば、わたしたちの勝利だ。そうすることによって、わたしたちは意図的に宇宙に向かってそのすばらしいパワーを使ってくれるよう求めるのだ。また、肯定的に使われれば、わたしたちの祈りは集団的意識と一つになって必要なエネルギーの支援を与えてくれることも覚えておこう。

わたしたちが絶えず人生を前へ進めて行く中で、意志的意識的意図を活用して、全人類とともにわたしたちの経験によい影響を与えることが肝心だ。力強い霊的存在として人間的な行ないに責任を負いながら、同時に息をするたびに世界中の人々の状態を良くすることを意図に持とう。

祈りはわたしたちの頭と心を開かせて、物質の世界に神秘的な次元のパワーを見る能力を霊の世界から引き出してくれる。宗教的な意味で使われでも、意志的意識的意図として科学的に使われでも、向けられた思いの霊的な力の利用の真のモデルであることは変わらない。何という名前で呼んでも効果がある――試してみるといい。あなたもきっと、わたしと同じように、祈りには大きなパワーがあることを見るだろう。

引用文献:
ダニオン・ブリンクリー&キャスリン・ブリンクリー著, 小川昭子訳(2013)『光の秘密 天国からのレッスン』ナチュラルスピリッツ, pp.137-139

※引用文献原本はすべて黒字です。ピンク色の太字はWEB掲載時にこちらで行いました。

祈りというと、宗教の出番のように思われがちです。そしてそれが非常に「うさんくさいもの」として扱われてしまうかもしれません。
でも、あなたのお子さんの病気が治ってほしいと願う祈りは、あなたの利己的なものではなく、お子さんという他者を利するための祈り。
そしてその祈りを通してあなたは「お子さんがどうなってほしいのか」「どういう状態が幸せであるのか」「そのためには今の状態からどう変わるべきなのか」を、だんだんわかってくると思います。
お子さんに対する祈りのはずが、親の心の混沌も整理してくれるわけです。クリアになった心で祈ることにより、得られる力はきっと、より強いものへ変割っていくような気がいたします。

エッセイ「祈りがもたらす痛みの軽減」で書いたように、ブリンクリー氏は集団的な祈りによって、確かに自分が救われる経験をしました。それは「気持ちが軽くなった」といった心情の変化ではなく、血腫による圧迫の「痛み」、すなわち解剖学的・生理学的な事情、変化に伴う痛みであり、生じるべくして生じた痛みが、和らぐ変化を経験したのです。
だからこそ、上記のブリンクリー氏の気付きはとても説得力があるのです。そして同時に、ともすれば机上の空論的な結論に終わってしまうパネルディスカッションの中で、その祈りに対する「うさんくささ」からもやもやが取り払われる導きが出されたことって、すごいことですね。

 
疲労困憊で眠りに就く前にちょっとだけ、心の中でつぶやいてください。明日もお子さんにとって良き日となりますように…。    
長原恵子