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家族の気持ちが行き詰まった時
ぼくは腫瘍だけの人生じゃない

手の施しようがない…と医師が思ったほど病状が深刻だった9歳の脳腫瘍の少年ギャレット君が、イメージ療法で治った例について、「9歳脳腫瘍の少年のひらめきと選んだ道」「奇跡だなんて思わないで」 でご紹介しましたが、病気と向かい合う中で、こどもは親にどのように思っているのでしょう。今日はそのあたりについて、見ていきたいと思います。

ギャレット君の父リチャードさんは社会事業活動、お母様のスーさんは学校カウンセラーをしていました。
ギャレット君は脳腫瘍と診断を受けてから、両親も交えて精神科医のフォローアップを受けていましたが、途中からギャレット君本人の意思により、彼はそこから抜け、両親だけがフォローアップを受けるようになりました。こどもの深刻な病気を診断された時、支援が必要なのはもちろんこどもではありますが、その家族、特に両親への支援は欠かすべきではない大事なことですね。
ギャレット君は、イメージ療法を行うノリス先生のもとで腫瘍細胞との戦いをイメージの世界で進めていっていたわけですが、その様子は精神科医や両親、そしてギャレット君の担任の先生、校長先生とも話し合いの中で共有していきました。確かに、効くのか効かないのかもわからない、得体のしれない怪しげなセラピー…そんな風にまわりから誤解されていたら、周囲の協力は得られないわけですから。でもその話し合いは、ギャレット君を助けるだけでなく、担任の先生の気持ちを助けることにもなりました。担任の先生だって、一人の人間。自分のクラスの生徒が死に直面するような病気にかかっていると言われた時、どう接すればいいのだろうかと思案しますものね。
一人のお子さんを支援していくためには、その周りの人も互いが支えあうべきだし、そういうシステム・医療サービスが当たり前のように組み込まれていることが望まれます。

ご両親は、気持ちを前向きに維持することは大変だったことでしょう。リチャードさんは仕事から戻ると、二階の息子に声をかけ、返事があれば「まだ息子は生きている」とほっとしました。スーさんは毎朝、息子を起こしに行き、寝ている息子を見て「生きている」と安心していた、そんな状態だったのですから。
その頃ギャレット君は、ノリス先生によく、こう言っていました。

ぼくの両親が、ぼくをかわいがってくれているのはよくわかるんだ。ぼくが安全で、健康でいてほしいと思ってるんだ。
だから、気をつけなさいとか、しっかり歩くのよとか、たくさん食べなさいとか言うんだ。

でも、ぼくは両親にはあまり病気のことを気にしてほしくない。

ぼくの人生が腫瘍のことだけになるのはいやだから


引用文献:
P・ノリス, G・ポーター共著, 上出洋介訳, 平松園枝監修(1989)『自己治癒力の医学』光文社, pp.63-64

そこで、ノリス先生は両親にそれを伝えたのだそうです。
ギャレット君は「脳腫瘍のぼく」じゃなくて「ただのぼく」でありたかったのでしょう。
このような話を聞くと「それはギャレット君が特別に強い子だから」と思うかもしれません。確かに、ギャレット君はそうかもしれません。
脳腫瘍と診断された時、お父様に「ぼく死んでしまうの?」と尋ねたのだそうです。その時、お父様は「そういうこともあるよ」と話したそうです。日本の家族であれば「そんなことないよ。絶対」とか「そういう人もいるかもしれないけど、それはOO君/ちゃんのことじゃないよ」と言うでしょうから…。
ギャレット君はこんな詩を書いています。

詩「勝ってみせる」

生きのびるためだけに、決心をしたんじゃない。
ぼくは打ち勝って、どんな障害も乗りこえる決心をしたんだ。
ぼくは病気と闘い、そして勝ったんだ。
ぼくは死を、目のまえに見た、そして泣いた。
ぼくは生を見た。そして喜びを感じた。
勝っていくつもりだ。これからも。

ギャレット 1981年


引用文献:前掲書, p.80

ギャレット君の言葉の中は、明るい光をまとっているようですね。
このような言葉を紡ぎだす少年は、きっと周囲の大人が思う以上にいろいろなことを考えているのでしょう。それも大人が思いつかないような価値観をしっかりと携えて。
きっとどんなに具合が悪くても、
「かわいそうって思わないで。これが今のぼくなんだから…
  これ以上でもなくて、これ以下でもなくて、これがぼくなんだから」
そう思っていたのかもしれません。
そして、そんなギャレット君ですから、ご両親が自分の病気のことで気持ちも時間も、1日のすべてが支配されてしまうことに耐えられなかったのでしょう。親も「人」としてちゃんと生きてほしいから。

 
あなたのお子さんは「OOという病気のOOくん/ちゃん」ではなくて、シンプルに「OOくん/ちゃん」であること、それがすべてです。
長原恵子