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ルノワール 5 自分のなすべきこと

印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールがリウマチを患っていたことについて「ルノワール 1 不器用なほど効き目がある」「ルノワール 2 プレッシャーが力に変わる時」「ルノワール 3 何のためのリハビリか」「ルノワール 4 力を生み出すこと」で書いてきましたが、関節の不自由さは手だけでなく、全身に広がっていきました。一本使っていた杖を二本にし、拳玉や薪を使ったリハビリ運動もできなくなってしまいました。そこでルノワールは湯治に願いを託すようになりました。

三男が生まれた年である1901年には、保養湯治の場所として有名なエクス=レ=バンに行かれました。新しい家族が増えるにあたり「なんとか家をしっかり引っ張っていかなくては…その子が成人するまでしっかり働かなくては…」そんな思いがあったのかもしれません。

1904年にはブルボンヌ=レ=バンに出かけました。しかし残念ながら、そうした取り組みはルノワールの症状を良くする助けにはならなかったのです。それでもルノワールは懸命に、絵を描き続けました。麻痺は彼の妨げになったわけではなかったのです。

麻痺が全身に及ぶ心配が強まるにつれて、父の制作量は増した。(略)父とともに暮してきた者たちは、物質に対するかかる勝利の一歩一歩が、肉体の敗北や、どこかの筋肉の活動停止や、いや増す苦痛などに伴われていたことを知っている。ほとんど身動きも出来なくなった今、この「コルクのうき」は、満ち満ちた生が辿るまがりくねった流れの涯で、計り知れぬ大海原が自分を待っているのをかいま見たのだ。

彼は、他の多くの職人のなかのひとりとして、われわれが生きるべきこの世界という巨大なカテドラル、永遠に築き続けられるこのカテドラルの建築に際して、自分に与えられた仕事をやり終えたいと願っていた。
うまくいけば「私の手になる小さな柱頭を加える」ことが出来るかも知れなかった。


引用文献:
ジャン・ルノワール著, 粟津則雄訳(1964)『わが父ルノワール』みすず書房, p.405

この世で永遠に築き続けられるカテドラルと言われた時、思い浮かぶものはバルセロナにあるサグラダ・ファミリアですけれど、私たちが生きている世界をあのような壮大な建築物と例えたならば、自分は一体、どんな役割を果たす要素であるのか、考えてみるのも良いと思います。

カテドラルの中でも、神の光を美しく取り入れるステンドグラスのような華々しいものに例えるのではなく「小さな柱頭」と表現する、ルノワールの謙虚さ。何とも感慨深いものです。
才能のある人ほど、そうなのかもしれません。
そして、リウマチの進行により、不便さを抱えながらも、あえて制作量を増していく大きな意欲。
それは「自分が一生をかけて、なすべきこととは何か」を見つけ出していたから、できたことなのだろうと思います。

あなたのお子さんが思春期を迎える頃、あれこれと広がると夢と、病気と生きる現実との乖離に、溜息をついているかもしれません。
でもそれが「自分のなすべきことだ」と強く思えると良いですね。
ルノワールが、晩年もかわらず黙々と努力を続けられたように、きっと自分を突き動かす原動力になってくれるはずですから。

 

お子さんが「自分のなすべきこと」を見つけられる、きっかけに巡り合いますように…。                     

長原恵子
 
関連のあるページ(ルノアール)
  見極めと充足した時間
  自分のなすべきこと ※本ページ
  力を生み出すこと
  何のためのリハビリか
  プレッシャーが力に変わる時
  不器用なほど効き目がある