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家族の気持ちが行き詰まった時
音のある世界へ、ようこそ
〜母の涙と笑顔に秘められた思い〜

赤ちゃんが生まれた後、ご家族は無事生まれてきてくれた喜びと幸せな気持ちでいっぱいだと思います。そんな時、赤ちゃんの耳が聞こえていないと知らされたら…
どういうこと?と動揺する気持ちや、そんなはずない!と否定する気持ちなど、心の中は混乱していると思います。今日は耳の不自由なお子さんとそのお母様の二人三脚で頑張ってきたお話をご紹介したいと思います。

SPEEDのメンバーとして、またソロとしても活躍されている歌手の今井絵理子さんは、2004年長男を出産されました。そして生後3日目の午後、受けた新生児聴覚スクリーニングの結果、息子さんの耳の聞こえが悪いことがわかったのです。
ご主人は大丈夫と慰め、俺たち2人のこどもだから笑っていようと励ましてくれましたが、絵理子さんは涙に暮れていました。

今日だけ。そう。今日だけ。
スヤスヤと眠る息子を見つめながら何度も泣いた。泣いて、泣いて、涙とともに悲しみや悔しさを全部流してしまおうと思った。波だってこんなに出るものだと知った日でもあった。
一日中、ただ、泣いて、泣いて、泣き疲れて、眠って起きた次の日。私は息子に誓っていた。

「どんなときも笑顔でいようね」

生後3日目に耳が聞こえないと告げられた息子を、何度も何度も抱きしめて誓った。
私は息子とともに、どんなときも笑っていよう!
もう、絶対に耳のことで泣くのはやめよう。
神様を恨むのもやめよう。

「ともに笑顔でいこう!」

それは忘れられない「誓いの日」になった。


引用文献
今井絵理子(2009)『ココロノウタ〜息子と歩んだ4年間、そしてこれから〜』祥伝社, pp.36-37

息子さんが生後3週間の時、精密検査の結果を受け、高度感音性難聴と診断されました。泣かないと決めた絵理子さんでしたが、何をどうして行けば良いのだろう…と途方に暮れてしまった時、ある耳鼻科医との出会いによって、大きく変わっていきました。そして口話法の早期療育を息子さんに始めることにしたのです。口話法とは口の動きから言葉を読み取っていく方法です。
通園に便利なように、絵理子さんは引っ越しもされました。 そして生後6か月の時からいよいよ週1回の通園が始まったのです。

その頃、息子さんはボックス型補聴器を使い始められました。
その補聴器は小さな箱にコードとイヤホンがついているものでした。それを息子さんが常に身体にまとえるように、絵理子さんは胸ポケット付のチョッキを手作りされました。何度も失敗したそうですが、本に掲載されていたチョッキは立派なものでした。サッカーボールやサッカーのユニフォームの模様がプリントされた布で作られたチョッキは、身体の動きのある首や袖周りやポケットの入り口が、ちゃんと縁取りの布で補強されていました。絵理子さんの親心がいっぱいこめられたそのチョッキと補聴器。
それを身にまとうことにより、息子さんは音を伴う世界とのつながりを得ることが出来たのですね。息子さんにとってこのチョッキは、まさに魔法のチョッキということですね!

やがて息子さんの成長と共に、使用する補聴器はボックス型から、耳にかけるタイプに替わりました。その時、絵理子さんは気に入った色の補聴器を息子さんに選ばせたのです。

息子に「補聴器の色、何がいい?」と聞くと「黄色!!!」と小さい手を動かして言ってくれたことが嬉しかった。
私の息子の場合、音をキャッチする内耳と聴神経がない。
でも、きっと息子にしかない感覚があると思う。

「ママ、耳じゃなくても聞こえるよ」と。


引用文献:前掲書, p.56

始めは親が選んだボックス型補聴器。でも耳かけ式の補聴器は、息子さん自身が好きな色を選んだもの。それは息子さんが自分で、音のある世界の扉をトントンってノックして、扉を開けたってことですね!

口話法の教室では、息子さんが遊びを通して、音のある世界とのつながりをだんだん深めていけるようにされていました。

補聴器をつけて先生と遊ぶことから始まった。まだお座りもできない息子は、上を向いたままおもちゃを眺めて笑ったり、マラカスを上に持ち上げて鳴らしたりして、そこに先生が顔を覗きこみながら「ぴょんぴょんのうさぎさんだよ〜」と大きな声でうさぎさんを見せたりしていた。

このお教室は、まだ小さな子どもにゆっくりと口を大きく開けさせて自然に口形を教えていた。うさぎさんの耳みたいにして「ぴょんぴょん」と頭に手を二つ掲げ、動作を表していく。うさぎさんの絵やぬいぐるみを見せながら、口は「ぴょんぴょん」と、オーバーなぐらい大きく話しかける。

私には、ただ遊んでいるだけに見える、この“ただ”が大事なんだと思った。“ただ”からちゃんと口元を見させたり、時には同じ目線で話しかけるということを教わった。“ただ”から、日常のちょっとしたことすべてが、いかに大切かを知る。

引用文献:前掲書, pp.57-58

特別な装置を使って療育をするわけではなく、日常のごく普通の延長線上にある行動を「療育」として目にした時、「これで大丈夫なの?」と不安に思う気持ちがあるかもしれません。でも、そうした普通の延長線上って、場所や時間を限定されず、どこでも家族ができることですね。メリットがたくさんあると思います。

そして耳の不自由なこどもたちがキャッチしづらい音声情報を、いろんな方法でキャッチしやすい形に変えて、どんどん言葉の情報のシャワーを増やしていくことって、とても大事ですね。
息子さんは 絵理子さんのオーバーリアクションに注意を引きつけられるたび、何度も何度も心のカメラのシャッターをきっていたことでしょう。

やがて息子さんは何度も何度も「口の動きの変化」を見ることにより、
「どうやら、口を動かすことって、何か大事なことらしいぞ!?」って、頭の中のアンテナがピピッと反応し始めたのだろうと思います。そうした取り組みは、たくさんの学びのチャンスを、まさに雨の如くこどもたちの上に降らせていることと同じですね。

息子は楽しそうに笑っていた。そんな姿を見て、私はとても嬉しくなった。きっちりとお勉強します!というわけでもなく、まだこの時期は遊びながら学ぶという訓練。たくさんたくさん話しかけることを心掛けた。

話しかけるときに必要なことは、表情とオーバーリアクション!オーバーリアクションには体力がいるということを知った(笑)。とにかく、日々、大きく、大げさなくらいに話しかけること。私は幸いにものびのびとした沖縄という土地で表情豊かに育てられてきたので、表情の面に関しては自然にできていたと思う。もともとオーバーリアクションだしね(笑)。
「うれしい」「かなしい」「おこっている」「たのしい」など、色々な場面でさまざまな表情を心掛けながら、日常生活の中にたくさんの感情を取り入れていた。

引用文献:前掲書, pp.58-59

「楽しそうに笑っていた」って、とっても良いことですね。楽しい雰囲気の中にいながらも、実はそれがしっかりと療育につながって、日々学びを得ていくこと…それは長く続けていくうえで、この上なく大切なことだと思います。
そしてそれは、確実に心豊かな時間をもたらしたのだろうと思うのです。

その中で、主に「たのしい」ということを息子と一緒に探した。その方法のひとつが、目で楽しめるものや場所などを探して頻繁に外に出かけることだった。かわいいチューリップを見つけると「あかーいお花だよ」と何度も何度も話しかける。何度も何度もということが大切だった。

この世の中にはたくさんの色、もの、におい、温度、感触、場所があるということを、生後6ヵ月の息子にたくさん教えたいと思い、色々な場所に出かけては「たのしい」を見つけて教えていた。今考えてみると、「生まれてまだ6ヵ月なのに、そんなに出歩いて大丈夫?」というくらい出かけていたと思う。

引用文献:前掲書, p.59

楽しいことを一緒に探す、それってまさに心豊かになれる時間の「共有」ですね。家の中に閉じこもるのではなく、興味のアンテナを張り巡らしながら、どんどん外に向かって飛び出していくことは、息子さんにとっても、絵理子さんにとっても、すごく大事だったと思います。
なぜなら、不自由なところがあっても、なくても、人は同じようにこの世界で生きているのですから…。不自由なところは補われながら、工夫しながら、こどもたちがいろんなきっかけに触れていくことって、そのお子さんの世界の広がりにつながるってことですよね。

 
不自由なところは親御さんが手助けしながら、外に出てみましょう!お子さんとご家族がみんなで楽しいことを体験できますように!
長原恵子
 
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