有名な精神医のミルトン・エリクソンが、十代で小児麻痺になったとき、まだリハビリテーションの施設などはありませんでした。長い時間を彼は、前庭に面したベランダで、世の中の動きを見ておりました。自分を哀れむようなことはしないで彼は、自分の麻痺状態を利用して、姿勢とか、声の抑揚とか、隠された意味づけなどについて、鋭い観察者になったのです。
ある日エリクソンの両親が外出するとき、彼をロッキング・チェアに革ひもで結びつけて行きました。不幸なことに、窓からははるかに遠いところにおかれたのです。どうしたら外を見ることができるだろうかと、座ったまま想像しているうちに、椅子がゆっくりと動き始めたのです。
まもなく彼は、自分が窓にたどりつこうと思えば思うほど、揺れが大きくなることに気がついたのです。午後いっぱいかかって彼は、想像のし方を工夫して最大の動きができるようにし、とうとう揺れによって窓にたどり着くことができたのです!
この体験によって彼は、いろいろの動きについて考えることの効果を実験するようになりました。そしてついに、だんだんとその麻痺から回復することができるようになったのです。
後に彼は、医療催眠と枠組みの組み換えについて、すぐれた専門性をもつ理論的枠組みを作り上げたのですが、それは彼のこうした鋭い観察の力から生まれたものなのです。
引用文献:
ジョーン・ボリセンコ著, 伊東博訳(1990)
『からだに聞いてこころを調える』誠信書房, pp.171-172 |