水道の栓をゆるめて、洗面器に張った水に水滴がポタポタとしたたるようにしておく。
ポタッ、ポタツと閣の中に響くかすかな音、それがなければ自分が生きているかどうかさえわからなくなってしまうからだ。
その音だけを頼りに、村山は生き延びるために体を休めるのである。水がしたたり落ちるその残響が村山にとって生きていることの唯一の証のようなものであった。
浅くて長い眠りから覚めると、窓からカーテン越しに柔らかな光が差しこんでいる。すぐ前の浦江公園からは、野球をして遊ぶ子供たちの無邪気な歓声が聞こえてくる。
村山は息を潜め耳をすまし、あの音を探る。
ポタッ、ポタッ、ポタッ。
そうやって自分が生きていることを確認する。
そして、また眠る。
次に目を覚ましたときはおそらくは真夜中。街は静まりかえり、まるで漆黒の聞に臨かれているように何も見えない。体は鉛のように重く、頭に霞がかかったように何もかもが漠然としている。
しかし、しばらくするとあの音が特いてくる。ポタッ、ポタッ、ポタッ。そして、村山は自分が生きていることを確認してまたひたすら眠る。
生と死の中間にいるような不思議な感覚の中でただひたすら眠るのだ。
引用文献:
大崎善生(2000)『聖の青春』講談社, p.113 |