病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
Lana-Peace 「大切なお子さんを亡くされたご家族のページ」
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埋火(うづみび)と涙
松尾芭蕉と言えば「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」で始まる紀行文集『おくの細道』を、皆さんもご存知と思います。
今日ご紹介したいのはその『おくの細道』ではなくて、『阿羅野(あらの)』という俳諧撰集に収められている芭蕉の句です。

埋火(うづみび)もきゆやなみだの烹(にゆ)る音  芭蕉


引用文献:
阿部喜三男ほか校注(1976)『古典俳文学体系6 蕉門俳諧集一』 集英社, p.122 「阿羅野 曠野(こうや)集 巻之七 無常」

「ある人の追善に」と前書きが書かれていますので、これは亡くなった方を悼む歌だと考えられます。

埋火(うづみび)とは、灰の中に埋められた火種の炭火のことです。
埋火のくすぶる囲炉裏か火鉢の傍らに、どなたか座っていらっしゃる光景が目に浮かびますね。
その方は大切な誰かを亡くされてしまったのでしょう。
ぽたり、ぽたりとこぼれ落ちた涙は、灰で覆われた埋火の中へと吸い込まれていきます。そして大粒の涙は、埋火を消してしまいそうです。

「烹 」という字は『[改訂新版 漢字源』(学習研究社)によると、火で煮て、その湯気が上下に通い、芯まで通ることを示す字なのだそうです。
しんと静まり返った部屋の中で、落ちた涙は、埋火の上でじゅうと音をたてて、湯気となりそうですね。
その様子を、芭蕉は静かに黙って、見守っているのです。

埋火は細々とした火力を保っていますが、後で火をしっかり起こすことができる力を持っています。それはまるで、遺された者が、亡くなった方へ抱き続けている追慕の念のようでもありますね。
その埋火(追慕の念)が消されてしまいそうなほど、多くの涙(悲しみ)がこぼれているという情景だと見ることもできるでしょう。
この句には「悲しい」「切ない」「苦しい」「寂しい」そんな言葉は、1つも登場しません。それでも、亡くなった方への思いがどれほど深いものであるか、伝わってくると思いませんか?
お子さんを亡くされたご両親の中で、ご自分の気持ちを「うまく表現できない…」という方、きっとこの句が、あなたの気持ちの一部を代弁してくれると思います。

さて、ここで思い出した話が1つあります。サイコセラピーで有名なトム・アンデルセン先生が書かれた本『ナラティヴ・セラピー 社会構成主義の実践』の中で取り上げられているサミ人のお話です。

彼らの伝統では、ある家族に突然不幸が訪れ誰か亡くなったりすると、その親戚一同がやって来て、何を言うともなくそこにただ一緒に座って居る。悲しみに暮れる家族には、親しいひとたちがそこに居てくれ話し相手にもなってくれる。このように、悩みを持つ人の呼吸を肌で感じ、その無言の言葉を聞きとる作業こそ、われわれ臨床家のできる最大の貢献ではないだろうか。


引用文献:
トム・アンデルセン
「「リフレクティング手法」をふりかえって」
(S・マクナミー, K・J・ガーゲン編, 野口 裕二・野村直樹訳 (1997)『ナラティヴ・セラピー 社会構成主義の実践』金剛出版, pp.108-109

サミ人はノルウェー最北端の地域で、主にトナカイの放牧や集団移動を行って生計を立てています。上記のような関わり方は、過酷な自然環境の中で、支えあって生きていけるよう、人々が編み出した助け合いのあり方の1つなのだろうと思います。

悲しむ人の辛さが、なんとか少しでも楽になりますようにという思いを持って、静かにその人の話を聴くということは、きっと悲しむ人の心を包み込むような雰囲気を作り出すのだと思います。
話したくなったら、話して、黙りたくなったら、黙って。
そして、自分の思いを話した時に、相手の言葉をを聞きたくなったら、またそれも良し。
そんな風に、何でもありの状態に気持ちをしばらく漂わせられることは、悲しみに打ちひしがれた人にとって、とても必要な機会だと思います。

芭蕉の句も、サミ人の話も、どちらにも共通するのは、死を悼む気持ちを大切に見守る姿勢なのだと思います。

 
辛い時に、あなたがあなたらしく、自然なままでいられますように。
そして、力を得られるきっかけがおとずれますように。   
2013/6/12  長原恵子