人生の長短ではなく、体験に重きを置いたルソーの着眼点は、どのようなところにあったのでしょう。
「体験」とはいろいろな意味があると思います。
家庭の中で得られる体験、外に出かけて得られる体験、学校や友人社会の間で得られる体験…、いろんな体験があるのだと思います。
体験するということは能動的であれ、受動的であれ、どちらにしても、そこには多くの学びを伴うのだと思います。ですから学びの多かった人は、歳月としての命の短さを補うに余りあるほどの価値を、身に携えているということになるでしょう。
しかし、あなたのお子さんがまだ小さな赤ちゃんのうちに亡くなったのであれば、「うちの子はいろいろな体験をするチャンスがなかったのに…」と思ったり、「生まれて数カ月の赤ちゃんだったから、学びを得るような思考能力はまだ発達していないのに…」と悔やまれる方もいらっしゃるかもしれません。
でも、体験によって得られるものは、学びだけではないと思います。体験によって何か嬉しい気持ちや満たされた喜びなどを感じる、ポジティブな心の揺さぶりを経験することもできるでしょう。それは学びに相応するものだと思います。そのような心の揺さぶりは、むしろ小さなお子さんの方が純粋に感じ取りやすいのかもしれません。
また、様々な心の揺さぶりによって得られる心地良さの心境は、生後1日目の赤ちゃんであってもしっかりと持っているはずです。 |