病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
Lana-Peace 「大切なお子さんを亡くされたご家族のページ」
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親心と洗礼

17世紀の画家、レンブラント・ハルメンス・ファン・レインは1606年、オランダのレイデンに誕生しました。
レンブラントは闇と光のコントラストが大変美しい作品を、数々発表しますが、父として悲しい出来事が続いた方でもありました。

1634年6月結婚し、その翌年の12月、長男ルンバルトゥスが誕生しました。レンブラントはとても嬉しかったことでしょう。しかし残念なことに、そのわずか2ヵ月後、ルンバルトゥスは亡くなってしまったのです。
1636年作と伝わるレンブラントの無題の素描(アムステルダム国立美術館蔵)はルンバルトゥスが眠っている姿を描いたものですが、安らかな表情で目を閉じ、柔らかな布団の上に出たふっくらした手指は、まるで幸せがそこに凝縮されていたかのようです。今のようにいつでもどこでも瞬間を写真におさめられるような時代ではありません。息子の姿をどうにか遺しておきたいと、スケッチを走らせたレンブラントの親心があふれ伝わってくるような作品です。

その後、1638年7月、長女コルネリアが誕生しました。どうか健やかに育ってほしいと、父レンブラントは強く願ったことでしょう。しかしながら、コルネリアは約三週間後に亡くなってしまいました。

翌年レンブラントは銅版画「開いた墓穴から夫婦の前に現われる死」(大英博物館蔵, 10.9cmx7.9cm)を発表しています。いったいどんな気持ちで、レンブラントはこの作品を作ったのでしょう。もしかしたら、亡くなった子どもが目の前に蘇ることを望んで、作ったようにも思えます。

1640年7月、レンブラントには次女が誕生しました。月末に洗礼を受けたその女の子は、長女と同じコルネリアという名前がつけられていました。
レンブラントにとっては長女が生き返ったような、そんな思いとともに、どうか長女の人生の分までも、しっかり生きてほしい…そんな願いを次女に託したのかもしれません。
しかし、次女コルネリアも誕生の翌月、亡くなってしまいました。

その後、1641年9月、男の子が誕生しました。妻サスキアは次男を身ごもったとわかった頃に、仲の良かった姉ティティアを亡くしたのですが、ティティアの名前を記念して、次男はティトゥスと名づけられました。
病弱の妻の身を案じたレンブラントは、妻の姉に「どうかあなたの妹とおいをしっかりと守ってくださいね」と願っていたのかもしれません。

1641/1642年頃と伝わるレンブラントの素描「白い被りものをした病気の女(サスキア)」(大英博物館蔵, 6.2x5.1cm)には、まるで心から支柱が抜き取られてしまったような、寂しそうな目をした女性の上半身像が描かれています。そのような表情の妻を見るたびに、レンブラントは心の底から心配したのだと思います。

その後、次男ティトゥスは健やかに育ちましたが、レンブラントの亡くなる前年、新婚で身重の妻を残して27歳で亡くなってしまいました。
レンブラントはこのように、何度も何度も辛い思いをされてきたのです。

オランダでは生まればかりの赤ちゃんを母親の腕に抱かせるとき、次のような言葉を昔からかけるのだそうです。

さぁ、あなたのお子さんですよ。
このお子さんを通して、主があなたをいっそう幸せにしてくださいますように。さもないなら、主よ、この子を主の御許にすぐ呼び戻して下さいまし。


引用文献:
チャールズ・ファウクス著, 藤井久栄訳(1980)『レンブラントの生涯』美術公論社, p.21

レンブラントは生まれた赤ちゃんを皆、生まれたその月に洗礼を受けさせていました。何度も。何度も。病弱であった妻にとって、産後の肥立ちもまだ十分ではなかった時期だと思います。
でもレンブラントにとっては家族の新しい一員として我が子の存在を早く、神に知ってほしいという思いもあったでしょう。
そして何より、神の大きな慈愛によって、早く赤ちゃんが守られ、幸せに人生を歩めますように…そうした願いの表れだったのではないかなあと思います。

 
光と闇が美しく現われる油彩ではなくても、小さなシンプルな素描の中に、レンブラントの子どもへの愛情が見えてきます。     
2013/12/31  長原恵子