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魂・霊と死後の生〜様々な思想〜 |
沈んだ夕陽と輝き続ける日輪 |
18世紀から19世紀にかけて活躍したドイツ人の作家、詩人であるゲーテ(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)のことは『若きウェルテルの悩み』『ファウスト』といった作品で、名前を聞かれたことがあるのではないかなと思います。今日はゲーテのお話です。
1824年5月2日、ゲーテは日曜日の午後を作家のエッカーマンと共に過ごしていました。馬車で森を散策をしながら、いろいろな話をしていました。
エッカーマンはゲーテより40歳ほど若い人でしたが、2人の間で交わされた膨大な対話が著作として残されているように、いろいろなことを話せる間柄だったのだと思います。
さて、あたりがそろそろ暗くなりはじめ、家に戻る道すがら、ゲーテは沈み行く夕陽を眺めて静かに物思いにふけり、こう言ったのだそうです。
「沈み行けど、日輪はつねにかわらじ」
太陽は沈んで行くけれども、その輝きは常に変わることはない…という意味ですが、それはいったい何を意味するのでしょう。
ゲーテがその後、続けた言葉の中から抜粋いたします。
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死を考えても、私は泰然自若としていられる。
なぜなら、われわれの精神は、絶対に滅びることのない存在であり、永遠から永遠にむかってたえず活動していくものだと
かたく確信しているからだ。
それは、太陽と似ており、太陽も地上にいるわれわれの目には、
沈んでいくように見えても、実は決して沈むことなく、
いつも輝きつづけているのだからね。
引用文献:
エッカーマン著, 山下肇訳(1968)『ゲーテとの対話』岩波文庫, p.145 |
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このゲーテの言葉から「太陽」を「魂」に読み替えてみると、心の中で何か腑に落ちるものがありませんか?
大切なあなたのお子さんは、この世の身体は失ってしまったけれども、魂はずっと輝き続けているのだと私は思います。
特にこの前後でお子さんのことを語っているわけではありません。
自分の年齢を引き合いに出して語られた言葉です。
しかしながら、ゲーテの心の底には常にお子さんのことを思う気持ちがあったのではないかな…と思います。
ゲーテは40代から50代にかけて、当時内縁の妻であったクリスティアーネとの間の5人の子どもを授かりました。しかしながらそのうち4人は、1ヶ月未満で亡くなっていたのです。
その苦悩は友人に宛てた手紙の中で切々と語られていますので、「お子さんを亡くした古今東西の人」でこれから取り上げていこうと思います。 |
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亡くなったお子さんの魂がずっと輝きながら、あなたのことを守っていますように… |
2013/11/6 長原恵子 |
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