比叡山の横川から出土したもので、長元4年(1031)、上東門院彰子(藤原彰子)による書写の法華経が収められた経箱と伝わるものです。
ふたの中央には妙法蓮華経と記されていました。
今はその黄金の輝きはくすんだ感じになっていますが、唐草と宝相華の彫りは大変美しく、輝きを抑えたくすみが、逆に長い年月を表す落ち着きを
表すかのようです。
上東門院彰子は藤原道長の長女であり、一条天皇の中宮でした。
末法の世の救いを求めて、お経を容器の中に入れて埋めることは、当時広く行われていました。
彰子の父道長が生前、金峯山に法華経をはじめとする数々のお経を埋納していたことは有名ですが、彰子も父と同じようなことを行なったわけですね。
彰子にとって近しい方の死は長元4年から遡ること3年、万寿4年(1028)の父道長の死です。
金銅宝相華唐草文経箱に収められた法華経は、道長の往生を願い捧げられたものかもしれません。(と勝手に推測いたします…)
故人への追慕や、故人の幸せを願う気持ちは、信仰に寄り添った形で表現することにより、人は悲しみの深さを少しずつ埋めて行こうとするのかもしれません。
そんなことを思いました。 |