猫の姿で現れた魂 |
前回、死後の魂と反魂香(はんごんこう)のページで藤原斉明(ただのぶ)のお嬢さんであった藤原長家室のことを取り上げましたが、お気の毒なことに、長家は治安元(1021)年、まだ10代の若いお年のもう一人の奥様も亡くしました。藤原行成(こうぜい)のお嬢さんです。書の好きな方はお名前をご存知かと思いますが、藤原行成は小野道風、藤原佐理と並んで三蹟の一人として有名な方です。以前博物館でその書を見たことがありますが、人柄が表れているような品のある美しい字でした。
さて行成のお嬢さんであった長家室もお父様の影響を受けて、きっと書が上手だったのでしょう。菅原孝標(たかすえ)のお嬢さんは、藤原長家室(行成女)が書いたものをお手本にしていたようです。
ある日、孝標のお嬢さんはその書を見ながら、亡くなった長家室のことを思い出していました。
するとある晩、見知らぬ猫が部屋に迷い込んできました。
猫を孝標のお嬢さんは姉・妹ともどもその猫をかわいがったそうですが、姉の方の夢に猫が出てきて、次のように告白したそうなのです。 |
おのれは侍従の大納言殿の御むすめの、かくなりたるなり。さるべき縁のいささかありて、この中の君のすずろにあはれと思ひ出でたまへば、ただしばしここにあるを
引用文献:
『和泉式部日記・紫式部日記・更級日記・讃岐典侍日記』
巻第26「更級日記」:新編日本古典文学全集33, 小学館, p.302 |
|
このような内容のお話です。 |
長原私訳: 私は藤原行成の娘で、このような猫の姿を借りて、ここにあらわれているのです。生前、ご縁がいくらかありましたが、特に、妹さんは私のことをとても懐かしく思い出してくださっていたようなので、しばらくここにいようと思ったのです。 |
|
亡くなった方の魂がこの世で姿を変えて、自分のことを慕ってくれた人のそばで暮らす、というのはどんな気持ちだったのでしょう。
生きている間は自分の姿に限られてしまうけれど、亡くなった後、魂は自由に行き来できて、自分の選んだ場所や環境で、思うとおりに過ごすことができるようになる、と考えるならば、少しは気持ちも安らぐかもしれませんね。
夢の話を姉から聞かされた菅原孝標のお嬢さん(妹)は、いっそうその猫をかわいがったそうです。 |
|
|
亡くなったお子さんの魂が、ご本人の望む姿に形を変えてこの世に戻り、どこかで生活を楽しんでくれていたら、何だか安心できますね。 |
2013/7/20 長原恵子 |