病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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いつかまた逢う日まで

授かった命、しかしすべての命が無事にこの世に生まれ出てこれるわけではありません。残念ながら流産、死産となって、心切ない時間を過ごすご夫婦たち…。医師から医学的理由についてきちんと説明を受けたとしても「じゃあ、なぜ私達にそういう状態が起こってしまったのだろう?」と不運を嘆き、見えない出口の扉を探し彷徨い、心の行き場を失う方もいらっしゃることでしょう。
しかし赤ちゃんの誕生には医学の常識的な見方を越えた、赤ちゃん自身の意思も大きく関わってくるのかもしれません。そう思えるお話がサム・パーニア先生の本の中にありましたので、今日はご紹介いたします。

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ある女性が我慢できないほどの腹痛に襲われました。友人に連れられて病院に行くと、即入院。なぜならその腹痛は子宮外妊娠により卵管が破裂し、大出血したことによって起こっていたからです。容態はとても厳しく、彼女が気が付いた時には、ベッドに寝ている自分の横に立っていました。そして自分の身体から出ている今にも切れそうな細い紐を眺めていたのです。彼女は体外離脱をしたというわけですね。その時です。そばに誰かとても信頼できる方がいる、と彼女が感じたのは。その人から紐のことを心配する必要はないと教えられ、その人と一緒に光の方へ飛んで行きました。そして光の中に入ると、やってきた光の存在に促されて、彼女は自分の人生を回顧し始めたのです。これまでの人生、自分は人とどのように関わってきたのか……。それは決して楽しい思い出ばかりではありません。自分の行為によって人々が受けた苦痛を、彼女は身を以て味わうこととなりました。

やがて彼女は、自分のいる場所が死者の魂のための場所なのだとわかりました。そこで初めて、自分が妊娠していた身だったと知らされたのです。更に赤ちゃんは今回生まれ出ることはできないと知ったのです。

子どもの魂は、一度は生まれることに同意したのですが、その後、考えを変えたのだそうです……その魂は、悲惨な前世を送ったため、まだ生まれてくる準備ができていなかったのです。

おそらく、十分な愛と励ましがあれば、いつかは生まれてこられるでしょう。私はこの魂に会って、自分と主人なら十分に愛してあげられると説得したいと頼みました。私たちは、もう一人子どもが欲しいと思っていたからです。光の存在たちは躊躇していましたが、しばらくして、子どもの魂と話し合うことが許されました。そこで私たちは話し合いました。

かわいそうに、その魂が感じている恐怖が私にも伝わってきました。魂は、周囲にいる光の兄弟の愛と支えによって守られていました…… 「いつか」というのが、光の兄弟からのメッセージでした。「根気強く待ってあげてください」


引用文献:
サム・パーニア著, 小沢元彦訳(2006)『科学は臨死体験をどこまで説明できるか』三交社, pp.91-92

更に先に進むよう彼女は促されると、今度は神に会いました。どこか特定の宗教の神ではなく、多くの宗教の神、偉大なる神との出会いです。彼女は大いなる喜びを感じたものの、そのまま死を選ぶことはありませんでした。それはなぜでしょう?

(略)生後十八カ月の女の子を残して死ぬことを思うと、辛く、不安でなりませんでした。誰があの子の世話をしてくれるのでしょう?

主人は遠くにいて、近くに親戚はいませんでした。神は私に深く同情され、その無限の愛とお恵みにより、私は戻ることを許されました。私は、子どもたちが成人してから、特別な使命を授けられることになりました。神はすでに、私がもう一人子どもをもつことをご存知でした。

引用文献:前掲書, p.92

その後、気が付くと彼女は病室の天井から、ベッドに横たわり、二人の看護師によって処置を受けている自分の姿を見ていたのです。そして激しい衝撃と共に、夢を見ているような状態に入っていったのでした。

人によっては彼女のこの話をなかなか信じ難いかもしれません。当時彼女は既に臨死体験や体外離脱について詳しく知っていたのでは?と訝しく思うかもしれません。そうした誰かの経験を混同したり、想像を膨らませて語っているのでは?と。しかし決してそんなことはありません。彼女はそれらの本を読んでいたことなどなかったのですから。

臨死体験中、光の存在から根気よく待つように言われ、神は彼女がこれからもう一人こどもを授かると知っていたわけですが、その後どうなったのでしょう。

二年後に息子が生まれましたが、彼は重い疾患をもっていました。けれども私は、霊の世界で最初に彼と会ったときの約束、つまり、彼が私を必要とするかぎり無条件に愛しつづけるという約束を、今日までずっと守ってきました。私は愛に満ちた家庭を築きました。私たち家族は、互いに愛し合い、この世界を愛してきました。光の世界での体験を、ささやかな規模で実践しているのです。この体験の後、私は死をまったく恐れなくなりましたし、死後の世界を心から信じています。

引用文献:前掲書, pp.94-95

この世に生まれ出ることを恐れていた赤ちゃん。でも二年後に生まれる時はきっと、かつての不安や恐れは静かに消えていたことでしょう。たとえ先天的な重い病気と共に生まれ出るとしても。なぜならあんなに自分の誕生を待ちわびている母の存在を知ることができたのですから。そして生まれてからずっと、自分が愛情と慈しみを持って育ててもらっていることに、この上ない嬉しさを感じているのだと思います。

ご縁が結んだつながりは生まれる前から、そして流産・死産となった後もいろいろな形で続いていく……そう考えると生まれる前にさよならしても、お子さんへの思いはいつしか叶えられることができますね。きっと。

2018/2/23  長原恵子
 
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「いつかまた逢う日まで」※本ページ